魔王討伐を目指す部隊・テンミリオンに所属する料理かか……いや違う、断じて違う! ……コホン、アーマーことジルバ(まあ、イコール俺だ)は、いつも通りボロい男子テントの中で目覚めた。
しかし、いつもは寝坊している4人の姿が見当たらない。何だ、今日は俺が寝過ごしたのか。
 ……ということは、朝飯は誰が作ってるんだ!? リンやルファだったら、シャレにならない。あいつら2人が作る料理は最低最悪の味だ……思い出したくもない。そう思った俺は慌ててタンクトップを着て、テントの外に飛び出した。――そこには。
 花輪を作りつつお互いをうっとりと見つめているテミとマゼンダとか(何か女の子同士の禁忌の恋愛とかそういうものが広がってる)。
 氷でミドリの像を作るルファと、それを蕩けた目で見つめるミドリとか(ちなみにミドリの手は胸の前で組まれており、さながら夢見る乙女のようだ!)。
 超絶美青年(推定18歳)になってリンに膝枕してもらってるティンクとか(見た目じゃわからんが、あの小さい妖精がどこにもいないから多分それだろう)。
 わけわからんことに熱烈なキスを交わしているクロウとブロントとか(ブロントが赤い顔で時折悩ましげに吐息を吐く為クロウが優勢に見える)。

 …………え、なにこれキモい。

 いや、落ち着け、落ち着くんだ俺、よく考えろ。昨日までのパーティ? そんなもん超ギスギス殺伐の険悪ムードたっぷりの、とても勇者集団とは思えない一行だったじゃないか。なんだ? なんだこれ。何があった? ってか何かあったか? むしろ俺が寝てる間に何が?
「あっ、ジルバ起きたんだね」
 声がしたのでそちらを向くと、ブルースが俺を見上げていた。頭が混乱していて、上手く言葉を発することができない。視界がぼやけているのは涙のせいか? ブルースにどうしたのと言われ、ようやく言葉を吐き出す。
「……いや、うん、あれ、何」
「ん? ジルバが中々起きない間に、色んなことがあったんだよ」
 ブルースは已然として優しい表情のまま、そんなことを言った。待て、待ってくれ。そんなんじゃ説明がつかないだろうが。どういうことなんだ。何だあの……あの不気味な花畑は!?
「テミとマゼンダは正式にお付き合いを始めて、」
 姫と従者の恋が遂に実っ……いやいや、女の子同士だから。え? 恋に性別関係ないとか、そういうどっかで聞いた理論の適用か?
「ミドリとルファは種族間のいざこざが無くなって恋人になれて、」
 ということは今までの不仲は演技だったのか? だとしらたすげえ演技力だ。特にミドリ。あんっなに嫌悪感丸出しだったのに。
「ティンクはやっと本来の姿に戻れて、それにリンが一目ボレ」
 ティンクって実はあんな男前だったのか……!? 俺ってばちょっとショック。
「で、クロウとブロントは、ついさっき婚約したよ」
 そうか、おめでとう。ところであの俺様ブロントが押されてるみたいだが。
「んー、クロウって以外に女性経験豊富で、テクニシャンみたい」
 嘘、マジで? あのお堅そうなクロウが?
「んで、僕とジルバが昨日の夜に晴れて夫婦になったの」
 ほうそうか……って何だと―――!?
「は!? なっ、そっ、一体どういうコトだ!?」
 ブルースの話をもう半ば諦めた感じで聞いていた俺は、聞き捨てなら無い言葉に再度絶叫した。俺と? ブルースが? 夫婦? 何故? Why? どういう経緯でそうなった?! 俺の絶叫に驚いたのか、目を瞬かせるブルースが答える。
「えっ? ジルバは僕のお嫁さんになって、毎日美味しい料理作ってくれるって約束したじゃない!」
 ちょっと待て、そんな記憶は一切無いんだが。そんなきゃるーんって目で見られても困る。
マジ困るから。やめてやめて。……アレ? 何コレ? もしかして俺がおかしいとか? よくあるアレじゃね? ホラ記憶喪失とかそういうの。俺もしかして今までの記憶失っちゃったりとかしてんの?
「そうなんだジルバ、君、昨日テミに鍋で殴られてからずっと寝込んでて……」
 ブルースが心配そうな顔で、俺を見つめている。青い髪がふるふると震えて、今にも泣き出しそうだ。なあちょっと俺、マジで昨日から記憶喪失? ってそんなんわかるわけねーじゃん記憶無いんだから。俺はブルースの嫁になったのか? 何? 白無垢のお嫁さんなわけ? 俺? ぐるぐると悩んでいる俺に、ブルースの優しい声がかかった。
「ジルバ、心配しないで。記憶なんていつか戻るから……」
「ブルース……」
 感動的な台詞に、今までとは違う意味で目が潤んだ、瞬間。

「っだああ気色悪いわああああああ!」

 ミドリの怒号が、大気を震わせた。思わず振り向くと、見事な氷のオブジェを斧で破壊し、ルファを背負い投げで吹っ飛ばしているミドリの姿があった。あまりにいつも通りの光景に、ぽかんと口を開けている俺に、更なる事件が。
「……っ、いつまでこの俺様に触ってんだよクソ野郎!」
 クロウの腕の中だったブロントが、突如暴れ出した。普段見られない顔だが、「この俺様」とか言っている時点であの俺様ブロントそのものだ。…………え? あ?
「……うわぁあん! もう無理だよー!」
 悲鳴、そしてボン、という音と共に超絶美青年が消え、代わりに疲れ果てたティンクの姿が現れた。リンは何か「御苦労様アルー」とかそういった台詞と共に、ティンクの頭を撫でている。……、…………もしやこれは……。俺の脳裏に、1つのシナリオが浮かび上がる。それを完全に組み立てぬうち、俺の肩にポン、と手が置かれた。
「あーあ、もう少しで夫婦関係成立だったのになー」
 俺の耳元で囁くブルースの声は、まるで悪魔のように聞こえた。ふるふると、握った拳が震えているのがわかる。同時に、テミとマゼンダのものであろう、けたたましい嘲笑も聞こえてくる。……そんな…………そんな…………。
「でも本当、ジルバって騙されやすいんだね」
 崩壊寸前の俺に、ブルースの一言がトドメを刺した。こいつら……こいつら……今までの、全部嘘だったのか!
 自分の肩が、拳が、いやいや身体が震えているのがわかる。無論、騙されて踊らされた屈辱と、恥かしさと、怒りでだ。重い闇を背負った俺の背後で、他のメンバーが笑い転げているのもわかった。 畜生。この薄情者め。っていうか、何でいきなり俺、騙されなきゃなんねえんだ?
「あはは、ジルバ、今日って何月何日だっけ?」
「何でそんなこと……四月ついた…………あー!?」
 ブルースに聞かれ、答えかけて、俺は気付いた。
 四月一日。エイプリルフール――嘘をついても良いとか定義されてる日、だ。それが今日? マジで? 何それ? そんなんで俺、騙された?
 振り返ると、俺を指差して笑い転げてるメンバーがいた。なんだよそれ。マジかよ。何? なんなのこのパーティ。

「ああもうっ、お前らなんて大っ嫌いだー!」

 余りの屈辱感に、俺は絶叫した。本当に心の底からの絶叫だ。本当だ。……今日だからって、ついた嘘なんかじゃ、ない。