「おい、そろそろ起きろ、朝飯だぞー」
 右手におたまを持ったまま、テントの中の奴らに呼びかける。……数人は、寝起きが悪いのでこの程度では起きないが、あいつなら、起きてくるはずだ。そう考えていると、シャー、と静かにテントのチャックが開き、そいつは姿を現した。その事実に頬が緩みかけるが、いつもの顔に戻して、料理の鍋を掻き回す。
「ああ、今日はポタージュスープですね」
 綺麗な声でそう言い、俺に近付いてくるそいつ――ルファ。ルファはエルフ特有の真っ白な民族衣装を着ているため、まるで雪の精霊のように見える。白に近い水色の長髪と、白い肌、薄い桃色の唇は、それを更に際立たせている。……というかむしろ、綺麗すぎて女にすら見えてくるのだが、どうしてかコイツは男だ。
「ああ。黙ってねーで他の奴ら起こしてこい」
 余りにも美しいルファの顔を直視できず、俺はぶっきらぼうに返した。くす、というルファの笑い声が聞こえて、少し顔が赤くなった。
「いいじゃないですか、もう少し二人でいましょうよ」
 そう耳元で囁かれて、思わずおたまを取り落としそうになった。くすくす、という笑い声……むかつく。
「耳まで真っ赤ですよ?」
「うるせえ」
 からかうように囁かれて、益々顔に熱が集まっていく。自分の左肩に、ルファの低めの体温を感じる。それだけで心臓がディスコダンスを踊り出すんだから、たまったもんじゃない。だから、できるだけ鬱陶しげに見えるよう彼を振り払った。……しかし、反対に顎を掴まれて逃げられなくなる。無理矢理顔の向きを変えさせられて、啄ばむようなキスをされた。
 面倒臭い恥かしい嬉しいああでもやっぱり恥かしい。色々な感情がぐちゃぐちゃに混ざって、どうにもならなくなる。……いや、別に俺は、ルファのことが嫌い、ってわけじゃない。というかむしろ……むしろ好…………げっほげほげほ! や、今のは無しだ。ちょっとぼうっとしてただけだ。
 俺は「そんなことを考えていたから」、ろくに抵抗できなかった。ルファの舌が唇を割ろうとした瞬間は、さすがに抵抗したが。
「かわいい」
 くす、という微笑みとともにそう言われた。コイツのアタマ、あるいは眼は腐っているんだろうか。俺は背は高い方だし、髪も短いし、ルファより筋肉質な身体である自信はある。どう考えても、コイツの方が女っぽくて、綺麗だ。俺が心の中で不信感をむき出しにしている最中も、ルファはにこにこと笑っていた。その笑顔が余りにも綺麗で憎たらしくなったので、低い声で脅すように、
「行け」
 と呟いた。ルファはまたくすくすと微笑んで、ひょこひょことテントとは真逆の方向へ進んでいく
。ああ、「アレ」か、と理解した俺は、また料理に集中することにした。



 ルファはジルバを背に、どんどん進んでいく。生い茂る草木のせいで、テントはもう見えない。もういいでしょうか、と呟いたルファは、くすくすと笑って振り返った。そして一閃。ルファの手がまばゆい光を放つ。彼の顔にはとても美しい微笑みが浮かんでいる。見る者を魅了するその表情は、妖艶で、冷たく、そしてやはり美しかった。
「ああ、早く帰らないと、ジルバに怒られてしまいますね」
 独り言を呟き、ルファはすっと歩き出した。真っ白い、染み1つ見当たらない服が、彼の動きに合わせてさらさらと揺れる。ジルバ、と、愛しい者の名を呟くたび、輝かんばかりの笑顔が、彼の顔を彩った。
 さく、さく、という足音共に林を抜け、テントへと向かうルファ。その背後で、首の無い死体が、自身の血の海の中で倒れていた。



「ジルバ」
 俺の名前が、背後で囁かれる。声からルファだということがわかったので、俺はなんだ、とやはりぶっきらぼうに返した。大方、変質者を片付けてきたとこなんだろう。大体この雑用をこなすのは、俺かルファか……あとブロントか? でも、ブロントがやってるのは見た事ねーぞ。……まあでもあいつのことだし、やるときはやるときで、俺たちが起きる前にちゃっちゃと片付けてるんだろう。
「みなさんを起こして来ますから」
 細い声に振り向いてやると、やはり優しいキスをされた。……時々飲み込まれそうになるのだが、俺はこのキスは嫌いではない。
「……ん」
 軽く返して、野菜を刻む作業に戻る。今日のメニューは、コーンポタージュとサラダ、それからパンだ。さくさくという音が聞こえて、ルファがテントへ向かったことがわかった。テントの中の仲間のことを思うと、何とも言えない気持ちになる。騒がしくて非常識で、でも温かい奴ら。薄汚くて穢れ過ぎた人間の成れの果て。でも俺は多分、どうなってもあいつらが好きなんだろうな。……また、近くで何かが動く音がした。今日は、何だか変質者が多いな。しょうがないか、一昨日の街では、ブロントがキレて予定外の人間まで殺してしまったのだから。
 俺は手に握っているのが菜っ切り包丁でないことを確かめ、すぐそばの草むらに投げ付けた。ギャッという短い悲鳴がして、それっきり。
 これが、俺たちの日常。当番制で朝食を作って、俺の時はちょっとだけルファと会話して、それから、四六時中狙って来る変質者を殺す。いや、変質者、じゃなくて、「復讐者」と言えばいいのだろうか。まあどうでもいいことだ。そんな、俺たちの日常。