部屋の隅のベッドで膝を抱える。その抱えた膝に額を当てる。部屋は静かだ。かちかちという時計の音と、ざらざらという衣擦れの音と、どくどくという俺の心臓の音と、ひゅうひゅうという俺の呼吸の音が聞こえる。ひどくきもちがわるかった。靄にも似た酷く暗い考えが手や蔓の形になって俺の脳を侵す。その暗いくせにしろい蟠りは鈍い痛みを伴いながら侵攻してくる。せり上がってくる嘔吐感は張り付いた咽喉の辺りで消える。
 音を立てて、張りついていた咽喉が剥がれた。かぱりと口を開けて、――……口を開けた。がばりと顔を上げて天井を見る。しろい天井だった。しろは嫌いだ。虚空とか空白とか忘却とか空虚とか、そういったものを連想させるから。しろは嫌いなんだ。何も無くなってしまいそうじゃないか。しろは嫌だ。全部消えてしまいそうじゃないか。

 しろしろ。しろ。しろはきらいだ。しろしろしろ。しろ。しろ? しろ。しろ。いやなのに。しろ。しろしろしろしろ。しろ。しろしろ。しろ。しにそうなくらいのしろ。しろ。しろしろしろしろしろしろしろしろしろ。しろしろしろしろ。しろしろしろしろしろにのみこましろしろしろれてしろしろしろしましろしろうしろしろしろしろ。

 ばたんという音で目が醒める。ああ帰ってきたのだという安堵感に包まれる。天上から剥がした目線をそこに向けるとそこにいた。ぶれる視界の中でそれだけが確かなものとして存在している。ああ。それの腕を掴んでベッドに叩きつけた。苦しそうな吐息が聞こえた。それの上に馬乗りになった。一瞬、そいつが腕を上げたが無視して腕を振り下ろした。

 ガツッ ガッ ガツッ 「ぎ」 ゴッ  バキッ ドグッ  ゴッ  バキャッ ドッ ガツッ ガツッ  「ぐ」 バキャッ  ベギッ ゴッ ゴキッ バグッ ゴガッ  ドズッ ゴキャッ ガツッ ガッ 「が」 ドグッ ガッ ガッ  ゴギッ  バキッ ゴッ 「ぎ」  ゴッ  バグッ ガッ

「ク、ロウ」

 真っ赤に腫れて血を滲ませた顔でそれは云った。手が止まる。俺の手が止まる。それの顔はぐじゃぐじゃだった。きれいだった。俺に向かって手を伸ばすそれはきれいだった。 おれもきれいだ。汚れ過ぎて真っ黒になったおれはきれいだ。汚さにすら気付かないほどきたなくなった俺はきれいだ。手がじんと痛かった。指が軽く痙攣している。痛みがあった。確かに存在する痛みがそこに在った。
「ここにいる」
 掠れた声でそれが云った。笛のような息をしていた。腫れた頬に触るとびくりと震えた。 感触があった。熱い肌の感触もぬめる血の感触も在った。それがゆらゆらと体を起こした。俺はその頭を掴んだ。暗い部屋の中で揺れるきれいな瞳を見た。微かに微笑を浮かべる顔を見た。切れて血を流す唇に口付けた。血の味がした。それの体を流れている生きたものの味がした。
「おれはいるか」
「いる」
 問い掛けると答えが返った。俺を侵すしろい蟠りが別の白に触れて焼け焦げた。それが吐く白はあたたかった。嫌なしろではない白だった。
「あいしてる」
 それに向かって云った。
「ああおれもだ」
 柔らかい微笑と声が返った。ゆっくりとそれを抱き締めた。俺の背に回された腕はそこに在った。おれはひどくしあわせなしろにひたった。