最初は冗談だと思っていた。信じてはいなかった。コロシアムで接戦の末に俺を打ち倒して、整わない荒い息のまま、獰猛そうなぎらぎらとした目を俺に向けて、好戦的な笑みさえ浮かべて。金色の髪の猛獣は、確かに言ったのだ。「気に入った」と。
 それから、俺は半ば無理矢理この男に連れられて、旅をすることになった。裏切りの苦い味が、背中をみしみしと食い荒らすような気味の悪い感覚は、もちろんあった。忘れる筈はない。それでも、否、それを差し引いても、この軍での生活は楽しいものだった。初めは不信感を露わにしていた赤い魔女も、不安そうな目をしていた蜂蜜色の僧侶も、あからさまに怯えていた青い弓使いも、目が合う度に顔を強張らせた鎧の男も。 ……いつのまにか、俺を彼ら自身の日常に取り込んで、噛み砕き、一部にして、今では何の屈託もなく笑い、怒り、無防備に旅をしている。不思議な感覚だった。
 たった一人、俺を仲間に引きずり込んだ張本人のことが、俺にはわからない。深い青の瞳の奥は、見えない。見えないくせに、美しい。あの血の匂いがするコロシアムでも、あの男の目は。
「お前おっせえ」
 ごいん、と鈍い音。頭の天辺が痛い。殴られたのか。そうか。顔を上げると、翻った金髪が鼻先を掠め、すたすたと前に歩いて行くところだった。
「のろまはいらねーぞ。……はっ、しまった、今のはジルバに失礼だったか!」
 俺から離れていく後姿は、振り返りもせずにそう言った(後半は独り言だったが)。そうだ今は行軍中だ。少し離れて、他のメンバーの後姿も見える。随分思案していたようだ。これはいけない。置いて行かれるのは、御免だ。少しだけ小走りに、俺よりほんの少しだけ大きな背中を追いかける。
 しかしながら、殴られることに気付けなかったのは何故だろう。昔は眠っていても、敵襲には即座に反応できたのに。

(そのことをぽつりと漏らして、マゼンダに「へえアンタ隊長には心開くのね憎たらしい」と言われるのは、三日後のこと。)