02

藩邸の中庭の梅が今が盛りとばかりに、芳しい香りを放っている。
梅の枝が幾重にもかさなり、白や紅の花々が地上の霞か雲のように覆っている。
まだ、肌寒いとはいえ春が近くなってきたと感じる。

雲のように広がる梅の花々の上空の澄んだ空には、月が小さく丸く輝いている。
今宵の月はとても高く手の届かないところにあるように思う。

小娘が藩邸で暮らすようになって、どれくらい経つだろうか。
あのころは、月を見上げると小娘がなよ竹のように天に帰ってしまうのではないかと幾度となく不安に思ったことか。

その小娘は、今は俺の横にいて俺に酌をしている。
目の前には、俺の好きな梅の園が広がり、横には小娘。
両手に花とはこのことかと気分は上々、今宵の酒はいつになく美味いと感じる。
小娘を横にし、梅を眺め、月を望み、束の間の幸せを感じていた。


「晋作さん・・・」
にこりと微笑み、小娘のすらりとした白い細い指が徳利を傾ける。
こいつはこんなに色気があったのか?幼いばかりと思っていれば・・・いつの間にこんな色気を身につけたのか。
小娘から注がれた杯の酒を喉の奥へくいっと流し込む。
杯を口元からはずすと、小娘が徳利を傾けて注ぐ準備をしている。
いつからこんな気が利く女になったのだ?

杯をもつ反対の腕で小娘を抱きしめる。
俺の腕の間から、小娘が潤んだ瞳で俺を見つめる。
愛おしくて愛おしくて仕方がなくなる。
純粋な瞳で見つめられ、俺は何があっても必ずこいつだけは守らねばならぬと心に決める。

慌しい日々を送る中、小娘を横にしてこうして酒を飲めるひとときはなんと幸せか・・・
小娘が横で酌をしてくれていると思うと、ついつい、杯を傾ける回数が増える。

それにしても今宵の酒はなんとうまいことか。

月を見上げなら小娘は月からきた天女なのかもしれんなー。
そんなことを考えながら、また杯をあける。

◇◇◇

晋作さんの隣に座って、お酌をする。
珍しく晋作の口数が少ない。
遠くを見つめては黙ってばかりいる。
何を考えているのだろうと不安になり、
「晋作さん・・・」っと呼びかけてみる。
晋作さんはそれでも黙って、杯を煽る。
私は自分の思いをうまく言えないまま、晋作さんの杯に再び徳利を傾ける。

晋作さんの右腕が私の肩を捕らえる。
そのまま私は晋作さんの方へぎゅっと引き寄せられる。
晋作さんはまだ何も言わない。
晋作さんの腕の間から、晋作さんを見上げると晋作さんの視線とぶつかる。

晋作さんなにか言ってよ。

◇◇◇

天女が羽衣をつけて、ふわりと飛び立とうとする。

「小娘・・・どこへいく・・・」

天女を捕らえようとして、立ち上がる。
捕らえようとしたはずなのに、天女に捕らえられる。
俺の体は宙へ浮いた。
俺も天女の羽衣に包まれて、空へ飛び立つのか?



どんっという音とともに背中に鈍い痛みを感じる。

少し前の記憶を紐解いていく。
天女の羽衣を羽織った小娘がどこかへいってしまうのではないかと捕らえようとしたのだった。
いや、ちがう。
小娘がなにかつぶやいて、やや不機嫌に席を立とうしたのだった。
小娘をひきとめようとして立ち上がったが、どうも酔いが回っていたらしく足がもつれたのだった。
そのまま倒れたのだ。

次の瞬間、我に返る。
先ほど見上げていた月が、更に高いところにあるのに気づく。
視線を落とすと、目の前に小娘の顔がある。
俺は畳を背にし、大の字になり天井を仰いでいることに驚く。

俺の目の前にある小娘の視線は俺を捕らえ外さない。俺は上から注がれる熱い視線から逃れられずにいる。
しかも、俺の肩は小娘の白い腕で押さえこまれ、俺の胸の上にはやわらかく暖かい小娘の重さで覆われている。

小娘の長いさらさらとした髪が俺の頬を包み、小娘の顔が近づく。

「小娘・・・・・」

「晋作さん、晋作さんの心も体も魂も全部私のものだよね・・・」

「ああ・・・」

「この口も、この腕も、この胸もすべて私のものだよね。
 他の誰のものでもないよね・・・」

不安そうに小娘の顔が更に近づく。

「小娘・・・・」

だって・・・。さっきから晋作さん黙って遠くばかり見て・・・・
私のことなんか忘れちゃったのかと・・・・
他の誰かのことを考えてるのかと心配になって・・・・・

そんな愛らしいことをいいながら、潤んだ瞳で俺を見つめる。
こいつはこんなに色気があったのか?
俺はどうしようもない衝動に駆られて、そのまま小娘を抱きしめようとする。
しかし、小娘の白い腕に俺の肩は押さえつけられ腕の自由も奪われていた。

「晋作さん・・・・すき・・・・・」

小娘の柔らかな唇が俺のそれに落とされる。
なんとあたたくて柔らかな感触なのか。
俺がほしいと欲したそれが、自ら俺へ捧げだされる。

自ら、俺に唇を捧げた癖に顔を真っ赤にして恥らっている様子といったら言いようもない。
この行動の矛盾はどうしたことか。
俺は小娘の行動にとてつもなく驚く。
小娘、お前から口付けてきたのだぞ・・・
わかっているのか?

俺に触れる柔らかな唇、俺の胸にふれる柔らかな重み。
このままでいられるはずもなかろう?

小娘の腕の重心がずれた瞬間、俺は小娘を背中からぎゅっと抱きしめる。
小娘を抱きしめたまま、そのままぐるりと一回転する。

今度は俺が上から小娘の瞳を覗き込み、先程まで俺の頬を包んでいたさらさらとした長い髪を撫でながら小娘に囁く。

「小娘・・・
 俺はお前以外はいらない。お前だけがいればいい。
 お前じゃなきゃだめなんだ・・・」

「晋作さん・・・・」

言葉を発しようとする小娘の唇を俺のそれで覆い遮る。
何度も何度も小娘の不安を拭いさるように、いや俺自身に言い聞かせるように小娘に唇を重ねる。
 
「小娘・・・・
 小娘のすべてがほしい・・・」

そういいながら、俺は小娘を求める。
この愛しい唇も、やわらなか頬も、胸も、細い指も、細い腕も・・・・
小娘のすべてがほしい。

天高くより降り注ぐ月の光の中、
二人の衣擦れの音とともに、夜が更けていく・・・・



強襲純愛、
(俺はおまえのもの、おまえは俺のもの)





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