昼過ぎの池袋は、人が多い。目に見える数だけでも、多分100…いや300。とにかく数えきれないほどの人がいる。
一般より頭一つ分ほど背が高い静雄は、そんな中でもその容姿、金髪と相成ってよく目立っていた。
女性はその姿に頬を赤らめ、男性は羨望の眼差しをかける。
そんな人々からの注目を日々集めているとは当然気づかず、静雄は隣を歩く上司であるトムに欠伸でもするかのような調子で話し掛けた。

「昼メシどうしますか」
「あー簡単にファーストフードでも食うか。クーポンあるし…ていうか静雄、お前なんか今日疲れてねぇか?」
「え?」

ふと、トムからの問い掛けに、静雄は立ち止まる。
疲れている、という単語に、無意識にもあのストーカーが頭を過ぎった。
人目から見て分かるほど疲れている理由とは、と考えるが、やはり浮かび上がるのは黒いフードで。

「どった?静雄」

声をかけられて静雄はハッとする。
立ち止まったまま苦い顔をしていたため不審に思ったのだろう、トムが訝しげな顔で静雄を仰いでいた。

「なんでもないっす」

出来るだけ自然を装って言い、再び歩き出して人の流れに乗る。そうすればトムもそれ以上は言及はせずに静雄の隣を歩いた。



*


ファーストフード店に入り、慣れ親しんだ食欲をそそる香りに静雄は無意識に腹を押さえた。
昼時は人が多いが、持ち帰りならばそう面倒ではない。静雄はトムに外で待っててもらうよう言うと、自分の分も含めて一気に買ってしまうべくカウンターに向かった。

「静雄!」

トムに呼び止められて振り向くと、トムは財布から500円玉を取り出して、「シェイク追加な」と言ってニカリと笑った。

「トムさん好きでしたっけ」
「いんにゃ、ちげーちげー。奢ってやるよ」
「え!」

思わぬ言葉に顔を輝かせる静雄にトムは笑みを深くして言う。

「あっはは!シェイク一つでんな喜んでくれるなら安いもんだ。それに、疲れてるみてぇだしな」

トムは、ハイ、と言って静雄の掌に500円玉を乗せた。静雄は目頭にじんとくるものを感じながら、上司の優しさに甘えて小さく「ありがとうございます」と言った。

人の優しさとは暖かでいいものだ、注文を済ませるべく列に並んだ静雄は思った。
昔から人外の力を持った自分は人々に恐れられ、同時にそんな自分に自分自身が恐れた。傷つけたくないのに人を傷つけてしまう。そのため人とは深く関わらないようにしていた。
しかし、今は。
静雄は開いた掌を眺め、緩んだ頬を隠さずに優しく微笑んだ。
優しくしてくれる人がいる。友達でいてくれる人がいる。
この力を生かしてくれる人がいる。
愛してくれる人が――

「…奈倉」

ぎゅっと拳を握る。
静雄はまたしても、奈倉のことを考える。あの物好きで気味の悪い男は自分を愛しているという。
奈倉から散々聞かされた愛の言葉は、受け流しているようで実は静雄は心に留めていたことが多かった。
愛している。
初めて家族以外から向けられた好意に、無意識にも静雄は心を突かれることがあった。

「今日は火曜か…」

これまで通りにいくならば、奈倉が出現するのは今夜だ。
いつの間にか出来た奇妙な曜日感覚は、静雄にとって今ではもう当たり前のものだった。

「お待ちのお客様ー」

高くはきはきとした声にハッと我に返り、静雄はニコニコしながら「ご注文は?」と聞いてくる店員にアレとコレと指を指しながら品物を注文した。
随分と温かくなった500円玉と数千円を置いて、注文品の完成を端で待った。
今夜は何時に帰ろうか。そんなことを考えながら。



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