黒いコートに病的に白く細い首が違和感を放つその男は、毎週火曜日と木曜日と金曜日に静雄の自宅前に現れる。フードを被っているため口元以外は見えないが、それだけでも見れる顔なのだろうと推測できた。

「おかえりじゃねぇ。手前何度言ったら分かるんだ?迷惑だ」
「手前、じゃないよ。俺には名前があるって言ったでしょ?」
「知らねぇ」
「嘘。いつも教えてるじゃん。『奈倉』だってば」

奈倉と名乗るその男は、所謂静雄の『ストーカー』だった。
静雄にとっての初対面のとき、綺麗な口元を三日月に歪めて、驚くことに男は自らストーカーだと言ったのだ。

『君ってとてもきれいだよね。俺君が好きになっちゃったんだ。ストーカーだけど、仲良くしてね』

その時の驚きはよく覚えており、そのあと静雄は家を引っ越した。
当然の処置だったが、奈倉は一日で静雄の引っ越し先を捜し当ててしまい、結局今に至る。

「シズちゃん今日は遅かったねぇ」
「うるせぇ」
「今日はなに、飲み会かな?結局あんまり飲んでないみたいだけど、頑張って考えた乾杯の音頭、他の人に先越されちゃって残念だったねぇ」
「な、んで知ってんだ…」

奈倉はどこから得るのか静雄の情報をほいほい掴んでは惜し気もなく本人に言った。まるでそれが使命だとでも言うように。
奈倉にとって静雄の情報を本人に晒すというのは、猫が飼い主に捕った獲物を見せるのに近い。
――そのほとんどの場合、飼い主が喜ぶことは少ないのだが。

「とにかくそこどけ。邪魔だ」

奈倉は今、静雄が自宅に入るのを阻むようにして立ってる。静雄としてはさっさと自宅に入ってゆっくりしたいが、それは奈倉がそこを退かなければ実現しない。
静雄が少しドスのきいた声で言えば、奈倉は意外にもあっさりとそこをどいた。

「どうぞ?ゆっくり休んでね、シズちゃん」
「……チッ」

鍵をさっさと開け、バタンとドアを閉めて外と内とを遮断する。やがて足音と共に外の気配が消えて、奈倉が消えたことを確認した。

「…はぁ…」

なんなんだ、あいつは。
朝となんら変わらないリビング兼寝室の明かりをつけ、静雄は無意識に強張らせていた肩の力を抜いて深いため息と共にずるずるとソファーにもたれ掛かった。
人のプライベートを覗くくせして部屋には全く手をつけていないだとか、
ねちっこいと思えばあっさりとしているだとか…。
静雄は長く奈倉にストーカーをされているが、静雄は奈倉のことが全く理解できていなかった。奈倉は静雄をあんなにも知っているというのに。
もしかしたら名乗った名すら偽名であるかもしれない。そういえばちゃんと顔を見ていない。
考えれば考えるほど、静雄は『奈倉』という人物について無知だということに気付いた。

しかしまだ静雄は気づけていない。
自分が日に日に奈倉のことを考える時間が増えていると言うことに。



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