※死ネタ 鬱ではない、と、思い、ま す…







臨也は体温が低い。
冷え症な上に元来体温も低いらしく、冬場の手の冷たさはまた格別である。
しかし部屋でくつろいでいる時などにその手をそっと握ってみると、冷たさだけでなくその頬の赤さにも驚かされる。
そういう時に頬を触るとそこだけは温かいものだから、あぁ不思議なものだなとしみじみ思うのであった。

去年だったかその前だったかのクリスマス、池袋からずっと離れた小さな町で、初めて二人で旅行をした。
確かそこは海が近い町だったと思う、暗闇のせいで青い屋根の小洒落たレストランから出た途端、鼻をかすめたのは潮の匂いだったことは覚えているから。
吹きつける風を避ける為に俺の背中に隠れた臨也を軽く小突くと、シズちゃん無駄にでかいからいいじゃん、などと悪態をつきつつ俺の隣に並んだのも覚えている。
二人で並んで歩いても変な目で見られない、そんな本来なら恋人として普通のことができたのが嬉しくてたまらなくて、宿についてから何度も何度もキスをしたことも。

それといつだっけ。そうだ、この間の俺の誕生日。
料理が苦手だった臨也が、初めて俺の為に料理をしてくれた。
白米に味の濃すぎるみそ汁、そして焦げかけた野菜炒め。お世辞にも見た目は良いと言えないその料理を申し訳なさそうに俺の前に差し出して、小さく嫌だったら残していいから、と呟いていた。
そして全部食った俺がうまいと言ったのを聞いて、馬鹿じゃないの腹壊せと言った時の目が潤んでいたことを実は知っていたんだ。

臨也、臨也。臨也。
おれのいとしいひと。

「シズちゃん、俺を置いてしなないでね」

そんなことを言っていた俺の恋人は、一か月前にいなくなった。


飲酒運転による事故だったという。あっけないものだった。
ほろ酔い気分で運転していた一人に、新宿の情報屋は動かなくされてしまったのだ。
今から行くから待っててね、お土産あるから。じゃ、あとで。
最期の言葉はきっと之である。俺との電話を切った直後に、事故にあったのだから。
俺の家に来るまでの道で、臨也は死んだ。
手には、俺が以前食べたいと言っていた梨の袋が握られていた。

怒ることも悲しむことも、どうすることもできなかった。
ただただ吹っ掛けられた喧嘩をぶちのめし、仕事をふらふらと終えて家へ帰る。そんな生活が続く。
葬式が終わっても俺の心はどこかになくしたままだった。

臨也、臨也。
どこに行ったんだ。
俺の臨也。
いとしいひと。

涙を流そうとしても出てこない。実感がない。
骨の入った壺を見ても、これが臨也だとは思えない。
臨也、どこに行ったんだよお前。
明日になれば、戻ってこないだろうか。

そんな有り得ない願いを抱きつつ寝る夜が一か月ほど続いた日だっただろうか。

大量の梨が、宅配便で送られてきた。
送り名は折原臨也。久しぶりに見た臨也という文字に頭がくらりとする。
着払いではなかったようで、荷物を受け取った途端その重さに驚かされた。

梨。俺が臨也に食べたいと言ったもの。
臨也が俺に持ってこようとしたもの。
もし、俺があの時食べたいなどと言わなければ、どうなってたのだろうか。

そう考えるとたまらず胸が痛くなる。
打ち消すように頭を振って、しゃりしゃりと皮をむいた。

水が滴る。手首を伝って袖口へと少しずつ浸透していく。果実の水というのはどうしてこうも良い香りがするのだろう。
以前、剥くのうまいねぇと臨也に言われたことを思い出した。
もちろん上手いなんて程ではなく普通のレベルだと思うのだが、臨也にはそれがどうして綺麗に包丁が動くように見えるらしい。

ぽたり、ぽたり。
水が落ちる。

床へと少しずつ、果実の水分が落とされていく。

勢いよくその実に齧りつくと、たまらずぼたぼたと水が漏れた。
歯が実に沈みこんでいくこの感触、飲み込むと喉がうるおされる気分がした。

臨也、臨也、臨也。

考えながらかじる、口の周りだけでなく頬にも水がついていくが気にしない。
今はただこの喉の渇きをうるおしたかった。
気づかぬ内に俺は酷く喉を渇かせていたらしい。

臨也、
臨也。
愛している。
好きだ。

好きだったんだ。


頬を濡らしているものが梨だけではないと気がついた時、
俺は臨也が死んでから初めて泣いたのだ。


臨也。臨也。

あぁあの時、あの夜。
あの日に戻れるのなら。

冷たい身体を思い切り抱きしめて、そのまま絶対に離さないのに。
それから暖かい頬に何度もキスをして、柔らかい唇にも沢山沢山キスをして。
指に指をからめてずっと手をつないでいたい。

好きだ、好きだ。
大好きだった。

でももう、その身体はないのだ。

ぬくもりがなくなっていく。思い出せない。
鮮明に思い出せた声さえもが、どんどん遠ざかっていく。
怖い、怖い。臨也、怖いんだ。
情けないと笑うだろうか。それでもいい、それでも怖いんだ。

お前がいなくなったら、俺は生きていけないのだ。

愛していると叫びたい。
ずっと一緒が良いと叫びたい。
臨也。

君の心にずっと生きているよなんてそんな慰めいらなかった。
思うだけで心が軽くなるのならよかった。

なぁ臨也。
俺は欲張りだから、お前の精神だけじゃ足りないんだ。
やっぱりお前の身体も一緒がいいんだ。
別にやらしい意味ではない、でも身体も必要なんだ。

シズちゃん、って、あの馬鹿みたいな名を呼んでくれ。


臨也
会いたい。

会いたいんだ。


好きなんだ。


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