※ドS島ゲス雄注意




「もう疲れたよ」

玄関にある真っ黒な靴
洗面台の歯ブラシ
俺のとは別の高級そうなシャンプー
壁にかけられる黒いコート
俺のすぐ横にあった細い身体

気がつけば当たり前になっていたそれらが、突然消えてから一か月。
殺された監禁された高跳びしたとかいう噂が未だ池袋を冷まさない中、臨也が帰ってきたのもまた突然であった。

そして俺が何かを言う前に発せられた第一声が、それであった。


お世辞にも広いとは言えない俺の部屋の、その真ん中にある机の前に座って、臨也はうつろな目で空を見ている。
決して目は合わさない。
辺りの空気はどうしてここまでという程に重く、そしてどす黒い。
俺はというと、少しでも動こうとすると臨也が睨みつけてくるので、玄関から動けずのままだ。

「久しぶり、シズちゃん」
確かに随分と久しぶりだ。
一か月前は毎日会っていたから、余計に久しく感じる。
「おお」
「随分落ち着いているね。仮にも一ヶ月間失踪してた恋人が帰ってきたんだよ?」
「そうだな」
俺としては特に言う事もなかったので適当に返事をすると、臨也は一瞬だけ眉を潜めてからまたすぐにいつもの笑顔を貼りつけ、右手をふらふらと揺らした。

「あ、そ。で、俺疲れたんだもう」
「そうか」
「だからさ、別れよ」
「何でだ?」

そういうと臨也は信じられない、とでも言うように目を向けてきた。
しかし実際俺としては依然として訳が分からないので構わず見つめ返す。
暫くそんな状態での見つめ合いが続いた訳だが、数分後に臨也が折れて目を反らした。

小さくため息をついて、「判れよ」と苛ついたように吐き捨ててくる。
「わかんねぇから聞いてんだよ」
「何?俺は今から君と別れたい訳を言わなきゃいけないの?」
「あぁ」
臨也は小さく吃驚したように身体を揺らして、一瞬傷ついた様な表情を見せた。しかし次の瞬間には再び笑顔を貼りつけている。
「言っていいの?」
「何でだ?」
「いや、なんでもない」
こうやって目を反らすのは泣きそうな時の癖。

「だって、俺振り回されてばっかなんだもん」
「どんな風に?」
「…うっさいなぁ、もう良いでしょ。ね、別れよ、もうそれでいいだろ。」

じゃあ、とこぼして臨也は席を立ち、こっちへ来て外へ出ようとするものだから、俺は迷わずその腕を強く掴んで壁に押し付けた。

痛みに呻き声が上がるが、少し力を緩めるだけで特に気にとめることもなくそのまま急かす。
「ほら、どんな風にだよ。」
「うるさい、離せ、離せよ!」
「もう別れるんだろ、だったら最後に言えよ」
その瞬間、臨也は息を止めて目を小さく見開いた。目がしらが赤くなっているのにだって、俺なら気がつける。

「……そうだよ、もう最後だから、言ってやるよ」
俯いていた臨也が顔を上げた。強い視線に貫かれる、ぞくりとする。

「追いかけて追いかけて好かれようとして、一日中気にしちゃって仕事も手につかなくなりそうになる程。その上自慰だってするようになっちゃって俺もう汚れちゃって、ていうか処女奪われたのにキスだけは奪われないままってどういうことなんだろうね?なのにセックスだけはがっついてきて中には出すし気遣いはしないし、でも俺が嫌だって言えばすぐやめるところとか訳が分からなくて、振り回されてばっかりだし。好きだとか何も言葉くれないのに、もしかして身体だけの関係なの?とか言えば怒られて、でも実際そうじゃない!今思えば俺間違ったこと言ってないよね!なのに怒られるとか超理不尽!休日だって家に行くのは俺ばっかり、夜だって押しかけるのも俺ばっかりで、誘ってくれたことなんて一度だってあるものか!しかも今一か月ぶりに会うのに全然反応なしで、どこにいただとか何してただとか何も聞いてこない!それどころか俺が別れようって言ったらあっさりもう別れる話になってて、これはもう俺好かれてなかったって思ってもいいよね?いいんだよね?わかったよ俺、シズちゃんも俺に疲れてたんでしょ?いなくなって丁度いい位に思ってたって知ってるよ?もう関わらないからそれでおしまいにしよう。ずっとずっとずっと好きで今だって大好きなのに、もうこんなの嫌だよ。一方通行な思いする位なら別れようよ。これ以上いたら頭が可笑しくなりそうだ!」

最初はゆっくりとした聞きやすい話し方だったのに、次第にまくしたてるように変わっていく様は見ていてとても面白い。
はぁはぁと肩で息をする臨也は随分と興奮しているようで、目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

「…どいて。もう話したから。ばいばい」
「あぁ」

あっさりとどいてやると、臨也は露の量を更に増やして俺の前から離れていく。
ドアを勢いよく開けて勢いよく閉めて、しかし俺とは違って常人の力である臨也では扉を壊すまでには至らない。

きっと今頃泣いているのだろう。
俺のことだけを考えて泣きながら一人家に戻って、そしてそこでもまた考えてしまうのだろう。

俺はその様子を考えて唇の端が上がるのを抑えられぬまま、靴を脱いで家の中へ入って行った。




tierd | ナノ
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