臨也がかわいそうです。痛々しいです。ごめんなさい。
何でもっと速く逃げれなかったのか。なんて。
それはいつも通りの日だった。
いつも通りに起きて仕事に出て、今日は池袋かよ面倒くさいなぁとか思いつつきちんと仕事をこなして、さぁ帰ろうとして標識が飛んできたのもいつも通り。
それから逃げて逃げて逃げて逃げて。
さぁ、
どこでおかしくなった。
「逃げんなよいーざーやーくーん」
今俺の目の前には池袋最強もとい最凶の平和島静雄。装備は先ほど剥がしてきたらしいガードレール。錆ついて先端がかなりぼろぼろになっているから、攻撃力はかなり高いと見受けられよう。
そして俺の後ろ、両隣りにはお世辞にも綺麗とはいえない壁。
上を見上げれば青空。ああ今日も空は綺麗だ。
「おい何よそ見してんだよぶっ殺すぞ」
「 ッが、」
そんなことを考えている俺に苛立ったのか、シズちゃんは俺の無防備な腹部に拳を叩きこむ。
何のガードもしてなかったにも関わらず、俺がこうして意識を保っていられるということは、それなりに手加減してくれたのだろうか。
いらぬ世話だ。正直な話、早く気絶してそんな俺を見て萎えて帰ってくれることが一番望ましい。
伝われ俺の気持ち。
しかし、やっぱりシズちゃんはシズちゃんだった。
間髪いれずに今度は俺の顔にグーがめり込んだ。
おいおいおい俺これでも眉目秀麗設定なんだけど。どうしてくれんのこれ。
ぷはっと口を開けた途端、折れたらしい歯がぐらぐらと揺れて飛んで行った。
あぁあ俺の歯が。綺麗な弧を描いているよ宙に。
そして鼻と口からどばっとこぼれだす血。
それが少しばかりバーテン服についたのを見た瞬間、俺の脳は一気に思考を停止した。
いや、停止したというか瞬間冷凍?今俺顔面蒼白?チアノーゼ?は違うよな。
「手前、幽から貰った服に……」
がん、という後頭部への強い衝撃で俺は再び、辛く苦しい現実と向き合わざるを得なくなる。
どうやら頭の上部分を掴まれて、そのまま後ろの壁へごん。という具合らしい。うわっ痛い、これまじで痛い、じんじんするっていうかちかちかするんだけど。
「手前は本当生きてるとろくなことしねぇよなぁ、アぁ…?」
「…はっ、い、やいやそんなことはないよシズちゃん。俺のおかげで生きられてる人もいっぱいいるんだよ?」
「信じねぇ」
「…そう」
もう駄目だ、こいつには話が通じないと判断する。
俺に関わるすべてのことを憎いようだねこの男は。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってレベルじゃねーよこれもう。
はぁ、と小さくため息をついてから。
諦めた俺は潔く気絶するのを待つことにした。
のだが。
ガードレールが床に落とされる音が響いた。
「……あ」
「え?」
「思いついた」
「は?え、何?シズちゃん?」
「お前が無害になる方法」
「えっ何、俺有害物認定されてた訳?」
「こうすりゃいいんだ」
「…ちょ、なに、何してんの」
シズちゃんはその無駄に長い片脚を器用に俺の左足にひっかけて、そのままもう片方の足で挟んできた。
俺の左足がシズちゃんの足に挟まれている。
何だかいやな予感しかしない。
冷や汗がこめかみを伝った。
「…ねぇ、シズちゃん」
「いーざやくん…っと。ちょー…っと黙ってろ」
みしり
「……え、ねえ、ちょっと痛、」
みしり
「あ、痛い、痛いって、ねえ、痛いからっ骨、が、音っ」
み しっ
「あ、ぁ、ッ…ぅ、あぁうあぅうううううぅぅぅぅった、ぃたい…ってば、ね、痛っ痛いっいたいからっほんとっ」
しっ
「あ」
ボキ。
「ッ――――――!!!!!!!!!!!!!」
声にならない悲鳴というものを、俺は初めて出したかもしれない。
痛い痛い痛い痛い痛い、足が痛い痛い熱い熱い熱い熱い視界がぐわんぐわんする、痛い痛い。
もしかしなくてもこれ骨折れちゃったんじゃないのー。なんて考える暇もないくらい、痛い。
視界が滲んでそれでも本能的な意地で必死に涙をこらえて、無言で叫びだしたい痛さを抑え込む。
そんな俺に、シズちゃんは耳元で言った。
「臨也くん、あともうちょっとだけ我慢な」
「…へ、…え?何…が…っ」
「今度はちゃんと一瞬で終わらせてやるよ」
意地しないでやるからな。
それが最後の言葉だった。
右肩に手を添えられて、そのまま力を入れられて、嘘、嘘でしょ。
そんなまさか。やだ、ふざけんな、やだ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、から
待って。
「ぁ、あぁぁああぁああ"ぁあ"あ"ぁあ"ぁぁああ"あ"あ"!!!!!!」
がこん、って、嫌な音。
そして俺の意識はフェードアウト。
この時の俺はまだ、シズちゃんがどうやったら怪我で人の声を消せるか悩んでいるかなんて、知らなかった。
路地裏の話No.???
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