どんなに考えても思い出せなかった、俺が最後に見た臨也の姿を思い出したのは、何の変哲もない普通のある夜がきっかけだった。
それは本当に、何の前触れもなくて。
仕事で疲労した体は立ちあがった拍子に少しばかり揺れて、その肩が近くの棚にあたる。
ばさばさと音がして、何冊かの本が落ちてきた。
俺の持っている本といえば、ほとんどが幽が特集されている本なのだが、その本はそんな雑誌のようなものではなく、硬い紙質で出来たもの。
卒業アルバムだった。

ぺらり、とそれをめくった拍子に、昔のあることを流れるように思い出したのだ。

「……シズちゃんはさ、俺とは違うんだよ」
「…どう違うんだい?」
「あいつは、俺と違って愛してもらうことができるんだ」

昔、空き教室に居た新羅と臨也の会話を盗み聞きしてしまった時。
臨也は俺を「愛されることができる」と言っていた。
その後「だから、俺は…」と何かを続けようとしていたが、うまく聞き取れなかったのも覚えている。
その時の臨也の顔は見えなかったが、声はいつものいらだたしいものとは全く異なり、淡々とした声だったのが印象的だったのだ。

実際、今の俺は恵まれていると思う。
優しい先輩もいて後輩もできて、友人もまぁいるし、近くの高校生数人やガキとも会話をするようになった。
よくよく考えてみれば、俺の周りには今多くの人がいるのだ。
「愛されることができる」と言った臨也は、いいところをかすめていたのかもしれない。

そんなことを思い出したからだろうか。

「 シズちゃん 」

その夜、生まれて初めて臨也の夢を見た。

いつも通りにあいつは俺をからかって、俺のことを笑って、馬鹿にして。
そして俺も奴を追いかけて、物を投げて、怒鳴って。
いつも通りの日常。いつも通り『だった』日常。
いや、いつも通りではない。
その夢の中には、いつもと一つだけ違うところがあった。

俺が臨也に「死ね」という。
「殺す」と言い、「出ていけ」とも言う。
「大嫌い」、とも言った。
その時、臨也は。いつもの臨也なら俺もだよ、などと言って憎らしく笑う筈のあいつは。
 泣きそうな目をして、口元だけ微笑をたたえていたのだ。
それでも夢の中の俺はそのことに気がつかずに、無視されたと思ってまた何かを投げつけた。
そして投げられたものをするりと避けた臨也は、最後にこう言って走って逃げていった。

「シズちゃん、さよなら!」

学生時代から過ごしてきた中で、初めて言われた「さよなら」。
「またね」とは、言わなかった。


目が覚める、飛び起きる。鼓動がどくどくとうるさい。汗が酷い。
はっはっと荒い呼吸を繰り返しながら、今が早朝であることに少し安堵をおぼえた。
俺は今の夢を知っている。
初めてみた光景ではなかったのだ。
俺はいつこれを見た、これはいつの話だ。
そう下ってみれば思い出すのは簡単だった。

臨也に最後に会った日だ。

あいつはいなくなる数日前にマンションを払ったという。
奴の双子の妹達も、聞けば急に通帳に大金が入っていたと聞いた。
あいつら曰く、臨也が雇った秘書という女も同様だったらしい。
そして、俺には「さよなら」と言っていた。
つまりだ、

 臨也は、自分が消されることを 知っていたのだ。
 それを知った上で、あいつは何も抵抗をしなかった。

視界が何故かぶわりとにじむ。
泣くなんて有り得ない、数年ぶりだ。

臨也は言った。俺は愛されることができると。
そしてその後の言葉も、俺は実は聞き取れていたのだ。
思い出さなかっただけで。

「だから、俺は
 悪役になるんだよ」

臨也を殴ることで、俺は自制することができ、
臨也を殴るおかげで、他のやつらを傷つけることが減った。
だからこそ今、力をコントロールすることができ、周りに人がいる。

考えてみれば、俺のこの今の状態に至るまで、全部全部奴の思い通りだったのだろう。
思わず呻き声が漏れた。

「…ばかやろっ…」

馬鹿じゃねえの馬鹿じゃねえの馬鹿じゃねえの。
何で、何でお前は、俺の為だけにそんなことしてやがる。
俺は、そんなに価値のある人間じゃねぇんだ。


会いたい。
臨也に会いたい。

会って、まず殴りたい。
何で勝手に居なくなりやがったと怒鳴りたい。
理不尽だと言われてもいい、とにかく殴りたい。
そして次に、何故か思い切り抱きしめたい。
もう二度と消えねぇように、うんと強く抱きしめてぇ。
俺の力だと逆に消えちまうだろうか。それなら少し手加減をすればいい。
あと、あの時の表情に気が付けなかったことを謝ってから、「ありがとう」も言いたい。
それから、声を聞きたい、顔を見たい。
またあの馬鹿みたいに腹立つ顔をして、俺を罵れば良い、それでいい。

それが無理なら。もしも全部が駄目ならば。

一回だけでいい。
俺の前に現れて、「シズちゃん」と呼んでくれ。

それだけで、もう十分だ。
十分だから。
それだけで良いから。

それだけで、良いのに。

いくら俺が願っても、臨也が俺の前に現れることはもう、二度とない。


「…臨也……」

俺は今、お前に会いたい。


なぁにシズちゃん、という声は、いつまでたっても聞こえなかった。


end
自業自得のはなし2 | ナノ



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