つきあってわかったこと。
シズちゃんはキスが好きだ。

誤解をされないよう言っておくが、舌をいれるタイプのディープな方ではない。
ついばむような、というかただ重ね合わせるだけの、幼稚なキスを彼は好む。
ただ、付き合ってそろそろ1ヶ月になる俺としては、一つだけシズちゃんに言いたいことがあった。

唇をつけるのは、唇だけにしてくれ。


「…あなた、そこどうしたの?」
平日の昼間、シズちゃんは仕事中の時間。
取引相手との書類をまとめている俺に、声をかけてきたのは秘書である波江だった。
ふと机上から視線をあげれば、波江の視線は俺の体のある一か所をさしていて、つまりまぁ俺の剥き出しの鎖骨あたりだ。
そこには絆創膏がべたべたと二つ貼られており、相手に気付かせるのは十分だろう。 かといって、はがすこともできないのだが。
「…ちょっとぶつけてしまってね、別に大したことないよ」
「そう」
無感情にそう返事をすると、波江はまた仕事に戻って言った。
彼女は自分の弟にしか関心がない。
そういう彼女の変わった面を、俺は重宝している。

その夜、波江が帰るとほとんど入れ替わりに、シズちゃんがやってきた。

「臨也」
そう抱きついてくるシズちゃんを、名前を呼んでけん制する。
このままだと押し倒されかねない。そうすれば、翌日の昼までは確実にベッドの中から動けないだろう。
なんだ、と不満げに見つめてくるシズちゃんは可愛いけど、ここはきっちりと言わなければならないところだ。

「シズちゃんさぁ」
「なんだ」
「こう、あたりかまわずキスマークつけるのやめてくんない?」
「……は?」

あぁ、やはり自覚がなかった。

シズちゃんは吸引力が強い。
故に、軽くちゅ、と音を立てただけのキスでも簡単に後がついてしまう。
全力で吸われたらどうなるのだろうと思うと、ぞくぞくとしてしまった、勿論恐怖的な意味で。
だからこそ、今俺が服を脱いで肌を晒したならば、そこはたくさんの紅い跡がついているだろう。

そういったことを事細かに説明してやっても、シズちゃんは未だきょとんとしていた。
そんな彼の様子に思わず苛立ってしまう、いや、かわいいけど!

こっちはこの跡のおかげで大分酷い目にあっているのだ。
取引相手に妙な目で見られたり秘書に怪しまれたり、終いにはネットに「折原臨也は男に掘られる専門だ」とか書きこまれたり!
俺が掘られるのはシズちゃんだけなのに!
「だ、か、ら!つけないでよって言ってるの!つけるなら見えないところにつけてよね!?」
「…いや、だからよ」
「は?」
「何が問題なんだ?」
「……は?」

「いやだってよ、お前はもう俺のもんだろ?だから、俺のだって周りに言ってもいいんだよな?ってことは、言う代わりに印をつけといてもいいんだよな?」
「え、あ、え?」
「つまり、お前が俺のだって印をつけといてもいいんだよな?」

横暴だ、そんなことを言おうとした唇は、あっさりとふさがれてしまった。

ちゅ、ちゅ。とついばむ音がする。唇が軽く吸われる。思わず目をつむる。
いつのまにか後頭部にまわされていた手のひらで頭は固定されてしまって、身動きがとれない。
息が苦しくなって呻くと、するりと俺の唇をふさいでいた唇は下にずれた。

顎、首、喉仏、鎖骨、肩。

ずるずると下がっていくシズちゃんの唇を感じつつ、おれはもう駄目だな、とどこか遠くから眺めている気分だった。


とりあえず、明日の四木さんとの取引は先延ばしにしてもらおうと思った。


しるしのはなし20101012205817 | ナノ
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