決して広くはないリビングに、不自然なまでにしっかりとした机が置いてある。いすもちゃんと二人分あったので少しばかり不信感を覚えた。
あれ、シズちゃんって一人暮らしじゃなかったっけ?
そんなことを考えつつ、促された席につくと目の前に食事がおかれた。
皿の上には何かの肉が焼かれたものが置いてある、何の肉だろう、羊、か。牛ではなさそうだが。
ていうか、朝から肉ってどうなの。シズちゃんの食生活訳がわからない。
続いてパンやスープなど、シズちゃんが作ったとは思えない程に美味しそうな食事が次々と並べられていく。
俺は何をするでもなく、その様子をぼんやりと眺めていた。

「おら、食えよ」
「……いただき、ます」
視線と声に促されて、恐る恐る目の前の食べ物に手を伸ばした。
しかし、まず真っ先にパンに手をつけたはいいものの、流石に起きたばかりで精神状態もよくない今、いくら腹が減っていたとしてもそう簡単に食が進むわけがない。
流石にスープを飲み始めたところで、俺の手の動きは止まってしまった。
「どうした?」
シズちゃんが怪訝そうに見てくる。
「おなかいっぱい…かも」
「お前、まだ全然食ってないじゃねーか」
「だって、」
こんな気分で食えるわけないだろ!!
そう叫べたらどれだけよかっただろうか。

そして、仕方ねえなあ。シズちゃんはそう言うが早いがフォークを手に取ったかと思うと、近くの肉を一切れ刺して俺に差し出してきた。
そして停止する俺。

何、なんだこれ。

あのシズちゃんが、俺に、いわゆる「あーん」をしてる?

「し、シズちゃん?」
「何だよ、さっさと食えよ」
「ええ…」

流石に先ほどとは違い、俺の声も若干驚きを含んでいて、あんぐりとシズちゃんを見つめてしまう。
そんな俺に痺れを切らしたのか、とうとうシズちゃんは俺の口に無理やり詰め込んできた。
少し豚肉に似たような味が広がる。
「うまいだろ?」
「…ん」
そこそこグルメな俺からしてみても、不味い味ではない。その意思を込めて小さくうなづく。
それを無理やりに飲み込み、それを確認したシズちゃんは満足そうに笑っていた。

一体なんなんだ。
本当に、ここのシズちゃんはおかしい。

まず、俺と一緒にいてキレないこと自体がおかしいのだが、何より俺に向かって笑っている。

おかしい、を通り越して気持ち悪ささえ感じていた。

ゆっくりでいいから全部食え、と言われた俺は、仕方なく無理やりにすべての食事を平らげた。
朝から重いものを食べてしまった、と半ばぐったりしていると、食器を片付けていたシズちゃんが俺の頭をくしゃくしゃと撫でてくる。
黒髪がかき混ぜられる。少し痛い。
「臨也、大丈夫か?」
「あー…ちょっと、気持ち悪いかも」
「そうか、じゃあ部屋で休んどけ。俺今から仕事だから」
「…うん」

どうしよう。
シズちゃんが怖い。

人間は、理解できない生き物を恐れるというものだ。
今俺には、シズちゃんが何を考えているのか全くわからない。
今までならそんなことはなかった。
どの程度までやればキレるとか、そういったことはもうわかっていたし、何より俺を嫌っているということが大前提に置かれていたので、俺も全力で敵意を向けることができたのだ。
しかし今はどうだろう。
俺に向かって笑ったり、撫でたり、あーんしたり。
気持ち悪いと思うよりも、恐ろしいと感じた。

先ほどの部屋に寝転び、シズちゃんが扉を閉めた音を聞く。
仕事に行くと言って出て行ったシズちゃんに、俺は若干の安心感と恐怖感を覚えていた。
まず、安心したのはシズちゃんがいなくなったということ。
あんなシズちゃんとずっと過ごしていたら、俺は近いうちに爆発してしまうだろう。
そして恐怖感は「仕事」という単語によって、この世界が現実味を帯びてきたことによる。

もしも、もしも。
今は悪い夢だと思いたいけれど、もしもこの世界が現実だったら。
こんな記憶もろくにないような状態では、例え仕事に戻れたとしてもろくに動けるわけがない。どこぞの怖い人に消されてしまうかもしれない。
いや、それよりも。

元の生活に戻ることなんて できるのか?


ここまで気づいていたのに、ここまで思いつめていたのに。
それなのに、どうしてか俺は
自分が外に出ようと思いすらしなかったことに、気が付けなかったのだ。




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