くるりと綺麗な弧を描いたその円柱形を見つめていると、気がつけばそれはすぐ目の前にきていて。
痛さでも熱さでもなく、ただ衝撃。
ぐらつく思考で考えたことは、ああ今日は外に出なければよかったなという後悔だった。

「肋が少し折れているね、幸い内臓には刺さってないけど大分危ないよ。頭を打ったみたいだけど特に異常はなかったし、あと至るところに打撲傷。それくらいかな、内臓やられてなくってよかったね。一応痛み止とかだしておくよ」
「あ―、わかった」
目が覚めるとそこは新羅の家のソファーで、俺は上半身裸で寝かされていた。頭と胸元には血の滲んだ包帯が巻かれており、意識がはっきりしてくると同時に耐え難い痛みが襲ってくる。
微かに残った記憶から数時間前の出来事を探りあてた俺は、よく死ななかったなぁと心底自分に感心した。

数時間前、仕事の都合で池袋に行ったところ案の定というかお約束というかシズちゃんに遭遇した、そうなればもう当然のように殺し合いが始まって俺はシズちゃんの振った標識をばっちり腹にくらってしまって。急激に込み上げた吐き気と何かを最後に俺の意識はブラックアウト。そして起きれば新羅宅でした。はいおわり。

俺とシズちゃんが喧嘩したのは人通りの少ない通りだ、きっとたまたま見つけた運び屋あたりが運んでくれたのだろう。気がつけば今は俺が倒れたときからかなりの時間がたっていて、おそらく運ばれるまでの間に何人かには発見されたんだろうな、嫌だなぁ。
というより、これ以上新羅の家にいるとマズい。タイミングが悪ければ絡まれたか何かして(あいつの怪我なんてものは俺に比べたらうんと軽いものばかりなのだけれど)怪我したシズちゃんが来てしまうかもしれない。さっさと帰っておこうと思い、近くに置かれていた俺のコートから茶封筒を抜き取る。先ほどの取引の報酬で、中には1、2センチほどの厚さの札束があった。
「金払うよ、治療費と運び代。いくら?」
「あ、そうそう、それなんだけどね。治療費だけでいいよ」
「?なんで?」
「だってセルティが連れてきたわけじゃないから」
「......?」
ペラペラと札をめくりながら枚数を確認していた手を止める。訝しげな目で新羅を見ると、奴はあははと笑って言った。
「君を運んできたのは、静雄だよ」

「どういうつもり」
「...何だよ、てめえは...」
翌朝、俺は池袋にいた。本来なら安静にするべき体に鞭打ってまでわざわざやってきたのは大嫌いなシズちゃんの家。今日は休日のため、9時を過ぎたいまでも町は昼間に比べて静けさを保っている。
アパートのチャイムを鳴らして、しばらくして出てきたのは寝ていたのかほのかに寝癖のついたシズちゃん。さすがにこんな時でもバーテン服というわけではない様で、Tシャツにスウェットのようなズボンを履いている。
始めはぽわんとしていたシズちゃんは次第に頭が覚醒していったらしい、目の前にいるのが俺だとわかると苛つきと嫌悪感剥き出しの視線を向けられた。それでも俺は目を離さない。
「昨日」
「...あ?」
「運んでくれたんだってね、一応御礼を言うよありがとう」
「......あぁ」
シズちゃんは何のことか思い当たったようだ、そのことかよ、とでも言うように頭を掻いている。そんな池袋最強らしからぬ彼を俺は睨んだ。その視線に気づいたシズちゃんは青筋を浮かばせて俺をまた再びにらむ。互いにちくちくとした視線を送りあっている状態だ。
「...んだよ」
「なんのつもり」
「だから、なんだっつってんだろ......」
「何で俺を運んだんだよ」
そう言うと、彼は目をぱちくりとさせた。なんだその表情。
シズちゃんの攻撃でぶっ倒れた俺をシズちゃんが新羅の家まで運びました、そんな認めがたい事実に俺が疑問を抱くのは当たり前のことだろう。シズちゃんは俺が嫌いだ、俺もシズちゃんが嫌いだ。お互い、相手を殺したいと思っている。それなのに、だ。そんな殺したい程嫌いな俺を運んだ理由がないわけがない。せっかくの殺せる機会を自分から無駄にするなんて考えられなかった。
何だ、弱みを握りたかったのか、借りを作りたかったのか。それとも流石に人殺しは不味いと気づいたのだろうか。疑いだらけの瞳に映るシズちゃんは、酷く抜けた顔をしている。
「んなの、」
さぁ、なんだ。
「怪我してる奴がいたら助けんのが当たり前だろ」
「......は?」
思わず声が出た。なんだ、それ。
「テメェがどんなに最低で最悪で人でなしなノミ蟲野郎かってことは理解してっけどな、さすがに目の前でぶっ倒れられたら俺も困んだよ、そんだけだ、別に借りとかそういうんじゃねえから、ってオイ!!」
咄嗟に片足に重心をかけた。そのまま跳ねるように逆ターンし目の前にある階段へ走っていく。
逃げ出そうとコートを翻した俺を掴むためにシズちゃんが手を伸ばしてきた。俺はそれをするりと避けると猛スピードでアパートを去った。
新宿に向かう電車に乗って周りからの気まずい視線を受けながらもなんとか家へとたどり着く。ふらふらと歩きながら、近くのソファーへと倒れこんだ。勢いよくうつ伏せに倒れたせいで怪我した部分が激しく痛む、畜生超痛い、涙でそう。

悔しかった。
シズちゃんが俺が折原臨也であるということよりも怪我人であるという現状を優先したことが、堪らなく悔しかったのだ。
俺への嫌悪感が彼の良識に負けたことに悔しさを覚えた自分にまた腹が立つが、とりあえず今一番殺したいのはシズちゃん。

何、何なんだよ、何人間らしくなっちゃってんの化け物の癖に。何俺の知らないとこで成長しちゃってんだよ、信じらんない。

もし、もしも。
彼が今より人間に近づいて力をコントロールできるようになってしまったら。
その時は、シズちゃんと俺の関係性は崩れてお仕舞いだ。

「シズちゃん」

あぁ、やっぱり俺は君が大嫌いだよ。



池袋one day | ナノ
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -