春待ち



例えば、私が寒がりなのに手袋をしないのは、ちゃんと理由があるけど
それがどうしてそうしたいかってもし聞かれたら、まだ私は答えられない。

でもね、それを分かって甘やかしてくれるから、私は繰り返す。

「ほら、月子!マフラーちゃんとしなさい。あと手袋も。」

赤いマフラーを髪ごとぐるぐる巻いてくれる。
お母さん錫也は今日も絶好調です。

「あとで寒い寒いって泣きそうになっても知らないぞ。」
「そうしたら錫也に暖めてもらうもん。」
「生姜湯とか?」
「あまーいのね。」
「わかってるよ。」

ぽんぽんと頭を撫でてくれる、その大きなも好き。

「ほら、手が冷えて。」
「大丈夫だよ。もうすぐ寮だから。」
「そうゆう問題じゃないだろう。風邪引くぞ。」

もうすぐ春なのにまだ空気は寒くて、錫也から出たため息は白く空気に溶ける。
正門通りの桜の木はつぼみがいくつもあって、この冷たい日が綺麗に咲かしてくれるんだと教えてくれたから、私は最後の冬を愛おしく感じてた。

ほほに触れる風や髪を伝う空気や、澄んだ夜空も。
最後とわからないと、大事と思えないことが、子供なんだと自覚する。
大切な物はいつもそばにあるけど、見えないことが多い。

「春まだかなぁ。」
「あと一週間もすれば、暖かくなるよ。」
「桜、早くみたいね。」
「俺は、冬のままでもいいけどな。」
「どうして?」

錫也が立ち止まって、にっこり笑う。
なんだろう、哉太と羊君の喧嘩を止める時にも同じような顔を見たことがある気がする。

「月子を暖めてやれるから。ほら、暖めてやろうか?」
「えっ?」

軽く広げた両手は、おいでと呼んでいる。
その表情はいつもと違う、きっと違う見たことのない錫也の表情。
空の色をした強い瞳に心臓がひとつ大きく飛び跳ねて、私は思わず動けなくなった。

「あっはは。なに想像してんだ月子。顔赤いぞ。」
「そ、んなこと・・・は!」

そう、だよ。
今のできっと5度くらい体温上がったと思うの。
顔から湯気が出そう。
風邪引いたら、錫也のせいだ。
ちょっとだけいつもより機嫌が良さそうな顔で、また私の頭をポンポンと撫でた。

「まぁいいよ。今のでも十分そうだけど、帰ったら作ってやるから。生姜湯。」
「暖まってないから、冷えないです。」
「はいはい。じゃぁどうして顔が赤いのかな、月子。」
「錫也の気のせい。」
「そうか。それじゃぁさっさと帰ろう。」
「聞いてないでしょっ。」
「聞いてる、聞いてる。」

くすくすと笑う声が頭上から優しく降り注ぐ。
錫也は私の手を引き、ゆっくりと歩き出す。

いつも錫也は私の速度に合わせてくれる。

ほら、手袋しないと錫也と手をつなげるでしょう?
わたしの理由はぜんぶ錫也に繋がるの。

布越しの体温より、優しい温もり。





ーーー
2012/3/21

まだ、知らないことばかり。




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