たったひとつ





ほんの少しでも、君と過ごせる時間があればそれで良かった。
他は望んでいなかったよ、本当に。

ずっとは一緒に居られないって分かっていたからね。

でも君の隣は居心地が良くて、時間が迫っていることを忘れてた。
想像以上に僕も此処に居たかったんだ。

「羊君」

いつもより3割程怖い顔した月子が僕の名前を呼んだ。
誰もいなくなった教室の窓辺に寄りかかり、差す光がカーテンを通して飛散して
まるで女神みたい。
今の月子にそんなこと言ったら怒られるかな?

「月子、どうしたの?」
「あ、あの。」

怖い顔、じゃなかった。
ぐっと何かを我慢してるのかもしれない。
心細そうに風に揺れるカーテンを握る。

そんなところに居ないで、僕の手を握ってくれればいいのに。

「月子?」
「えっと・・・その。」
「何?言って?」

机に鞄を置いて、少しずつ距離を詰める。
距離が近づくほど、月子の視線は下がって行き
僕が目の前に立つと、視線は足下に落ちて行った。

「どうしたの?」
「羊くん近い・・・。」
「だって、月子が言ってくれないから。」

カーテンを持って月子を包む。
制服と刷れて静電気で長い髪が顔に纏わり付く。
きっとこういうことを扇情的って言うんだろうな。

「・・・帰っちゃうってほんとう?」
「うん・・・本当だよ。元々、そうゆう約束だったから・・・。」
「そう、なんだ・・・。」

短い時間でも、君と居る時間は幸せで
僕を欲張りにさせた。

届かない空想上の女の子は目の前にいて手が届くんじゃないかと思ってしまったから。

「寂しい。」
「え?」
「せっかく、仲良くなれたのに、さみしい。」

泣くもんかいうようにと眉間にしわがひとつ。

昔から君はそうだよね。
でも、出会って記憶の中の可愛らしい小さな君は変わった。
僕と同じ、等身大の月子がいる。

君は、強くなった。
でも、儚くて弱い。

泣くことを我慢しなくていいのに。
僕のための涙なら、喜んで僕が飲み干してあげる。

うつむく月子の顎をあげ、眉間に一つキスを落とす。

「怖い顔。」
「よ、羊くん!」

ねぇ、どうしてこんなに愛おしいんだろう。
あの頃も、今も、僕は全部、月子だけで。
それが月子を苦しめることになるんじゃないかとも思ってて
それでもわがままな僕は、月子を苦しめてでも、欲しいと思うんだ。

「ごめん。月子、愛してる。」
「え?」

目が見開かれ、口元が開いた。
月子は言葉をなくて、僕を簡単に飲み込めるくらい大きな瞳が捉えて離さない。

「行くってわかってるのに、ごめん。でも、ずっと月子が好き。」

カーテンが少しだけ揺れた。

「何も言わないなら、僕はキスするよ。」

月子の答えを待たずに、唇に触れる。
最初は挨拶の様な触れるだけのキス。
次は確かめる様に強く触れる。

月子の腕が僕の首に絡まると
それが引き金に、もっともっとと深く月子の中に潜り込んで行く。

何度目かのキスの後、息が浅い月子は空気をいっぱい吸い込んで僕の胸の中に顔を埋める。
髪の隙間から見える耳が赤い。
思わず微笑んで、カーテンごと月子を抱きしめる。

「ねぇ、隠さないで。」
「は、恥ずかしい・・・。」

ぽつりぽつり、消え入りそうな声で月子は言う。

「わたし、何も言ってないのに・・・。」
「言ったでしょ?何も言わないならキスするって。」
「言ったけど・・・。」
「沈黙は同意って言うし、僕をそう受け取るよ。」
「でも、ずるい・・・。」

そう、僕はずるいんだ。
月子、君を攫うよ。

同じ空が続くならは、遠い地でも君を感じて居られるはずだから。
だから、月子、僕に愛の言葉をちょうだい。
それだけで僕は生きていける。





ーーー
2012/3/15

ずっと前から欲しい物はひとつだけ。





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