気がつくと僕はそこに居た。
あたりを見渡しても、何も、なくて
心が落ち着くのが分かった。

あぁ、まだこんなにも僕はー。

「こんにちは。」

急に声をかけられて、体が震えた。
先ほどはなにもなかったのに、どこから湧いて出たのだろうか。

髪の長い長い、おんなのこ。
灯りを集めたような、優しいブラウンの髪。
細くて長い指が綺麗で、何かを奏でるかのように僕の手を掬いあげた。

まるで見つけたと言うように。

「失礼ですが、あなたは誰ですか?」
「私はつきこです。ご存じないですか?」
「えぇ・・・心当たりが・・・申し訳ありません。」

いいえ、と彼女はふわりと笑った。

「わたしはあなたを待っていたのです。」
「僕を、ですか?」
「はい。」
「どうしてですか?」
「ふふ、どうしてでしょう?」
「それを伺っているのですが・・・。」

嬉しい!と体で表現するように、何度も何度もくるくると回る。
追いかけるように髪が柔らかくなびいて、集められた灯りがきらきらと弾けて
その度にこの白い世界に星が産まれる。

「答えは、あなたがねむればわかります。」
「・・・眠る、ですか。」
「はい。」
「僕は、あまり・・・寝たくはないんです・・・。」

やはり彼女はいいえ、と優しく笑った。

「私はあたなたのそばに居ますから、安心して寝てください。」
「ご要望には・・・。」
「だいじょうぶですよ。私が居るからだいじょうぶです。」
「優しい・・・人ですね。」
「もう、信じていないですね?わたし、知っていますよ。」

なにがー、と言う前に、今までの彼女とは違う射るような強い光が宿る。
空とも陸とも区別がつかないような果てを映したその瞳は、簡単に黙らせる程の強さがあった。

「あなたがねむると悪夢をみることを。」
「・・・っ。」
「だから寝たくないのでしょう?」
「そう・・・です。」
「今、苦しいですか?」
「いいえ・・・。悪夢とは違いますから。」

僕の見る夢は、もっと暗くてどろどろしていて、身動きすら出来ない。
無音の世界かと思えば、耳を塞ぎたくなる程の話し声や悲鳴が聞こえて
その音の集まりは早まり、暗闇はゆっくりとのたまい、その感覚がとても不快で。
目覚めたときは、実際からだが言うことを聞かないほど重たい物だった。

こんなに穏やかじゃない。
星の光などない。
暖かさもない。

「では、わたしのなまえを呼んでみてください。」
「えっと・・・つきこさん?」
「はい!」

言われるがままに名前を呼ぶと、急に耐え難い眠気が襲いかかる。
重力など無関係に思えた世界が急に重く、彼女に覆い被さるように崩れ落ちた。
柔らかいという場違いな感触に、また少し落ち着かなかった。

「これ・・・は?」
「おやすみなさい、なんです。」
「眠るのは・・・怖い・・・。」
「大丈夫です、はやとくん。わたしはー。」
「つきこさん・・・。」
「あなたの悪夢を食べるために、此処に居るの。」
「え・・・?」

彼女は、瞼に、お別れをするようにキスをした。
その温もりは、知ってる。
けれど名前が出てこない。
とても大事なひとなはずなのに。

「颯斗君、おやすみなさい。良い夢を。」

落ちた先に何を見たかは分からない。
ただ何も覚えていなくて、現実に引き戻されたのは日常の会話だった。

「寝てるのか?」
「はい、生徒会室にきた時はもう寝てました。」
「そうか・・・。」
「・・・一樹会長知ってたんですか?」

颯斗君が眠れてないことを。と、とても小さな声で言った。
確かに最近夢見が悪く、眠ることを諦め、そして避けていた。
それでも仕事に支障をきたさないという大前提から見抜かれないという自信はあった。
けれど、会長が続けた言葉は、当たり前だろととてもあの人らしい台詞だった。
隠し事の出来ない、とても窮屈な環境だと、きっと以前の自分ならそう思っていただろう。

それを大きく変えてくれた人がここにはいる。

しばらくそんな会話が続き、起きるに起きれないですねと寝たふりを続けた。
そのまままどろんでた頃、翼君が合流し会長と一緒に巡回に向かった。

生徒会室の扉が閉まる音が聞こえて、彼女の制服が刷れる音が近づいてくる。
月子さんの指が髪に絡むのを感じで、その手を掴んだ。

「はやっ」
「おはようございます。寝ていて、しまってたんですね。」
「ごめんなさい。起こしちゃった?」
「いいえ?実は先ほどから起きていました。」

居心地が良くて寝たふりをしていたというと、月子さんはとても嬉しそうに笑った。
そうだ、夢の中で出てきたつきこは彼女だ。

「そうです、ちょっと質問してもいいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「夢を食べるってなんのことだか、わかりますか?夢に出てきて・・・」
「夢を食べる・・・、獏?」
「ばく?」
「伝説の生き物だけど、人の夢を食べて生きてるって言われるんだって。あ、そうだ!」

握った手をさらに両手で握り返されて、先ほど夢で見たような笑顔で同じようなことをされているなと少し苦笑い。
それでも彼女なら何度だまされてもいいかなと思う自分も居るのも確かで、次の紡がれる言葉の先を大人しく待つことにした。

「この夢を獏にあげますって言ってみて?」
「このゆめをばくにあげます。」
「はい!良く出来ました!そう唱えると悪夢を二度と見ずにすむんだって。」
「悪夢・・・。」
「そう!獏はね悪夢を好むんだよ。」
「そう、でしたか。」

だからあなたは大丈夫だと、言ったんですね。

「ありがとう、ございます。」
「ふふ、変な颯斗くん。どうしてお礼なんて言うの?」
「先ほど見た夢の話を聞いてくれますか?」
「もちろん。聞かせてください。」

どうして獏が月子さんの容姿をしていたかはわからないけれど
自分自身の深層心理が投影されていたのならば、納得できる話で。

それほどきっと自分は弱っていて、そして彼女を欲していたのだろうとコトリと心の隅に落ち着いた。



夢を喰らう




果たして彼女は満たされただろうか。
僕の夢を食べた彼女は今、目の前にいる月子さんと同じ様に笑っているだろうか。

ぎゅっと力を込めて、彼女の手を握る。

確かにここに居るのだと。



ーーー
2012/3/11

優しい獏





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