あまりにも突拍子もないことを言うもんだから
俺はタオルを落とした。

砂だらけになったものを拾いあげ、はたいてから
行き場の無くなったタオルを仕方なく肩にかける。

洗ったばかりでぽたぽたと顔から滴る水を弓道袴の裾で拭いた。
生地が固いから少し痛いしあまり吸水性が良くない。

「いいか白鳥。現実を教えてやる。」
「なんだよー現実って。」

お気楽な声で答える白鳥。

「マックで例えるとだな、俺たちはポテトだ。」
「ポテト?」
「そうだ。冷めたらもそもそしてまずくて、7割がた最後まで残る、あのポテトだ。」
「冷えてもうまいけどなぁ」
「それじゃぁお前は残り3割少数派だ。いや、今はそれはいい。かたや、あいつらはビックマックなんだ。わかるか?」
「よくわからないけど、あいつらって誰?」

背丈があまり変わらないが若干背の高い白鳥の肩を力強く握る。
ほにゃっとした表情は相変わらずしまらずに緩みっぱなしで、お門違いの質問を投げかける。

白鳥、問題はそこじゃないんだ。

「じゃぁなんだ、RPGで言うと、まぁ夜久はお姫様だな。」
「うん、ぴったりだな!」
「そこはどうでもいい。で、相手は王子様、もしくは勇者。
肝心の俺たちはそこらへんの町人か農民だ。城下町か田舎に名前もなく、話せる言葉はお決まりなフレーズだけ。
頑張ったとしても、キーフレーズを勇者や王子に伝言するだけで、それ以外何も言えない。
物語には参加できねーんだ。」
「んんー?」
「・・・ダメか。」

事の発端は、白鳥が夜久を好きだと言ったことから。
誰が誰を好きになろうと、そこは他人が介入できる事じゃないことは分かってる。
だけど、何を悲しくてあんな倍率の高い女の子を好きになるのか。

この星を専門に学ぶ星月学園には女子生徒はただ一人しか居ない。
それが夜久月子。

長く柔らかい甘栗色の髪をまとい、容姿もずば抜けて整っていて
さらに細い手足や腰やしなやかな体が、どうしても異質を放ち目立つ。

本人はそれを意識していないから物怖じせず媚びることなく分け隔てなく接し
結果、勘違いする奴は多い。
表に出してアピールする奴もいれば、陰ながら想う奴も、
恋愛対象予備軍もかなりの数だろう。
なんたって、たったひとり異性なのだから。

星が好きで、勉強したくて入学した先が全寮制の学校で
男子校ならば一層良かったものの、この思春期真っ只中、そうではないならば目の向く先はそこだ。

男だからこそ、難解だからこそ挑みたくなる、野生の狩猟魂。
憧れ、優越感、庇護欲、支配欲、独占欲、どんな欲でも結局は奥底に潜むのはただの性欲。
所詮ただの狼。
頭に血が上ればまだそれを制する術を知らない。

そんな中、季節が一巡してもふわふわしてる夜久が
誰のところにも納まっていないのは金城鉄壁の如く固い守りがそこにはあって、
名前を上げれば片手では足りない程あいつの身近な人間が大事に大事に、あいつは守ってる。
安心して笑っていられるように。

それは俺も同感。
好きなことを貫いてここまで来たのに、たかが男か女かで諦めることも、
挫折も味わうことはないだろう。

身近な奴には悲しい顔をしてほしくない。
夜久に対しても、白鳥に対しても。

「白鳥、現実っていうのはとってもシビアなんだ。」
「うん?」
「知ることになる。」
「何を?」
「身の程を。」

一瞬難しい顔をした白鳥が、空を仰ぐように洗い場のコンクリートを背にしてもたれかかった。
まだ夏は始まったばかりで、じわじわと蒸せるように暑い。
けたたましく鳴く蝉がさらに不快指数を上げて行く。

「犬飼さ、」
「なんだー?」
「犬飼も好きなんだろ?だから良く見てて心配してる。」
「まてまて、そんな話してたか?俺。」
「俺にはそー聞こえたけどなー。」
「仮に見てたとしても、それは夜久だけじゃなくて、白鳥のことだって俺は見てる。」
「え・・・犬飼・・・それは俺に対する愛の告白?」
「おいおーい。んなわけあるか。人間観察が好きなんだよ。」
「それで、良く見過ぎて身の程を知った?」
「なーんか引っかかる言い方だけど、まぁ俺はもともとわきまえてっから。それに無謀な挑戦しない主義。」
「俺はむぼーかなー。」
「無謀だろー。」
「そっかー。」
「そうだー。」
「でも分かってるんだ。叶わないってやつでも、好きになったら仕方ないよな。」
「まぁそこは否定しない。」
「だから、俺たちライバルだな。」
「残念ながら白鳥、俺はライバルじゃない。もっとほかにたくさん居るから、安心しろ。」
「えええぇぇー、まぁ・・・そうだよなー、夜久だもんなー。」
「夜久だからな、仕方ない。」
「ほら!やっぱり好きなんだろ!認めていいぞー、俺責めない!むしろ同盟を組もうぜ!」
「だから、違うって・・・それになんの同盟だよ・・・。」

ニカっと人懐っこく笑い、力強く肩を叩かれる。
違うだろ、なんか嬉しがってるけど、それ違うだろ。
普通、もし仮にそうだとしたら牽制とかするところじゃないんですか。
思い違い、思い込みは片思いの王道だろ。
どうして白鳥は道を外れる。

「あ、いたいた。犬飼君、白鳥君。」

噂をすれば影。
涼しげな顔をした夜久がこちらに向かって歩いてくる。
風も吹かぬ湿気の含むべたつくような暑さが嘘のように、
一歩前に進むたびに長い前髪が柔らかいカーテンの様になびいて、
ゆれる。

「おーどーした?」
「部長が呼んでるよ。暑いし中にはいろー?」
「どこに居てもあつ・・・」
「犬飼くん、どしたの?」

白鳥の視線が、痛い 気がする。
ブリキ人形のように、首だけを向けるとバチっと目が合い、
屈託なく笑うと頭の後ろで腕を組みいつもと変わらない口調で夜久を挟むように立った。

「犬飼はさー、知らなくてもいいんじゃない、身の程。」
「白鳥君?」
「だからなー、違うって言ってんだろー?そもそも、敵は蹴落とせ。」

頭一つ分ほど低い夜久は見えない会話に交互に顔を見やり
そのたびに一つに束ねた長い髪が、ゆらゆらと揺れて
刺すような日差しも、その髪に反射すると少し優しくなって落ちてくる。

「なんでもないよ、夜久なかに入ろー。ここやっぱり暑いからさ。」
「うんっ。風が少し出てきたから、射場のほうが少し涼しいよ。犬飼君も早くいこ。」

白鳥が両手で夜久の肩を持ち、射場へ向けてゆっくりと押しやる。
忘れ物を受け取るかのように、方向転換するそのときに
夜久は俺の腕を掴んで、引きづられる態勢になった。

強制連行されてる気分。
どこかって言われたら、死刑台?
お姫様に手を出した罰で王子様に処刑されるんだ。

いや、俺は何もしてないし。

夜久の形のいい後頭部から掴まれた腕へ視線を落とすと
細い指に、うっすらと色づいた爪先に目がとまった。
桜貝のようなふんわりとしたピンク色。
夜久の白い手とよく合っていて、手首を翻しその爪をなぞる。

「犬飼くん?!」
「お前マニキュア、塗ってるか?」
「え?」
「ほんと、頭のてっぺんからつま先まで綺麗に出来てるんじゃないかと思うわー。」
「あ、これ・・・は、えっと!」

腕を勢い良く振りほどかれ、手を後ろに隠す。
夜久の顔がみるみる熟れていく。

うわ・・・。

俺の言葉で夜久の顔が赤くなるんだ。

指を伝い、熱が逆流したかのように流れ込む。
頭のてっぺんがちりちりして、眩暈がする。
全神経がそこへに集中して離れてくれない。

ずるいよな、コイツ。

「白鳥。少し撤回。」
「ん?」
「ほんの少しだけな。まだ片足位だ。いや、つま先だと信じたい。で、夜久。」
「な、なに?」
「俺はぶれない男になりたいんだ。だからよろしく頼むよ、ほんっと。」
「頼むって何が?!え・・・えっ?」
「犬飼参戦かぁ〜。」
「いんや、夜久次第。」
「わたし、次第?話がよくわからない・・・。」
「わからなくていーんだけど、夜久には・・・言うだけ無駄かー。」
「無駄だと思うな、夜久だもん。」
「だよなー。俺も泣くはめになるのかねぇ。」
「え!も?!俺泣く前提なの?!なぁ、犬飼!」
「所詮、農民だからな。二人で泣くか。」
「何よ、ふたりともー!」

困った夜久の顔が、可愛いなって思って早速裏切れる。
これはセーフなのか、アウトなのか、俺にはまだ測りかねるよ。

ただまだ居心地のいいこのぬるま湯につかってたいと思う。
まだその戦場には行きたくないんだ。
俺たち戦闘力低いから。

「まずは、ポーカーフェイスを勉強しろ。」
「・・・出来ると思う?」
「・・・やれば出来る。」
「ほんと?」

どうしてそこで嬉々とするのか、夜久の意図がわからない。
ポーカーフェイスに憧れてるんだろうか。

「嘘。夜久には無理。赤面症を治せ。マニキュア位で赤くなんなー。」
「だっ!だって・・・改めて言われると思わなくて、なんか恥ずかしかったんだもん・・・。」
「夜久はオンナノコなんだから、可愛くしていーんだよ。」
「犬飼ってさー、ちょっとずるいよなぁ・・・。」
「は?俺?」
「・・・ほんとだよ!せ、赤面させてるのは、犬飼君でしょ!」
「俺かよ!てかな、夜久それダメ。そーゆーの、ダメ。」
「もぉーわかるように説明してよー!」
「いいいいい犬飼!説明したら俺たち終わっちゃうよ!」
「白鳥君まで!」
「白鳥・・・落ち着け・・・。」

Continue with step 2.



選ぶのはお姫様。
嘆きはしないさ。

すべてはお気に召すまま。



ーーー
2012/3/5

王道・・・ですね!



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