それからというもの、蓮は以前よりシフトに入るようになり二人は顔を合わせる事が多くなっていった。

 そして誠也達と居ると勿論蓮も居るので、終わった後に皆で飲んだり遊びに行ったりとしているうちに次第に敬語も取れ、お互い恥ずかしがらずに名前で呼び合えるくらいの仲となっていた。
 胡散臭いと思っていた蓮は知れば知るほど優しいと分かり、(もちろん誠也の友人なのでやはりどこかぶっ飛んでいるが)裕がカイ達からの嫌がらせをされている事を誰にも言うなと言ったのでちゃんと口をつぐんでいるようだし、定期的に大丈夫? と聞いてきたり、一緒に捨てられたものをこっそり探してくれるようになっている。
 そして今日も裕が締めのフロア掃除をしていれば二部まで入っているため仮眠室に行っていた筈の蓮がやってきては、

「俺らがオープンの準備する時にまた掃除するからそんなに綺麗にしなくても良いよ」

 なんて笑い、手にしていた缶コーヒーを渡してくれた。
 けれどそれはブラックで、俺ブラック飲めないんだけどなぁ。とは思いつつ、ありがたく受け取った裕は腰巻きのエプロンのポケットに入れ、

「いや、でもちゃんとやってたらあとあと皆が楽じゃん。俺は一部で上がりだからそんなしんどくないし」

 と椅子を上げながら笑う。
 そうすればまたしても一瞬だけ目を見開き、そっか。と笑った蓮。
 ふとした瞬間になにかとその表情をする蓮に、何なんだろう。と首を傾げつつ、裕は、ん。と呟いた。

「コーヒーありがと。そういえば、蓮が最近ちゃんとお店出てくるようになって嬉しいって有さんが言ってたぞ」
「それ出勤するたびに言われてるんだけど」
「ははっ。ほんとかよ。前までどんだけサボってたんだよお前」
「ん〜……まぁでもアリさんはほら、仕事人間の働きアリだから」

 なんてまたしても辛辣に、そして遠回しに口煩いと揶揄する蓮に、ほんと毒舌ってか物怖じしないよな。と内心笑った裕が、

「今日は二部まで入ってんだろ? 寝てきた方がいいんじゃね?」

 と、言外に俺に構ってないで休んでこいよ。とアピールしながらフロア掃除を切り上げ灰皿を綺麗に磨いていれば、うん。なんて言いつつも隣に並び灰皿を拭き始めた蓮に、いやなにやってんの。と裕が怒った。

「これは俺の仕事なんだから蓮がやる事じゃねぇの」
「いや、二人でやったら早いじゃん」
「いいって。ちゃんと休まないと持たねぇよ?」

 そう心配から怒る裕に、しょうがないなぁとなぜか笑った蓮が手にしていた布を置き、それでも横にあった椅子に腰かけては、

「じゃあここで休んどく」

 と言ったので、それ意味ねぇんじゃねぇの。とは思ったが、なんだかもう言うだけ無駄な気がして、裕は好きにさせる事にした。

 長い足を組み、何が楽しいのかじっと見てくる蓮のその瞳になんだか心臓がぞわぞわし、

「……見んな」

 なんて俯きそっぽを向く裕。
 それにははっと声をあげた蓮が、裕見てたら面白いんだよね。なんて言うので、馬鹿にしてんのか。と裕も笑った。


 それからちょくちょくちょっかいをかけてくる蓮を相手にしながら掃除をしていた裕だったが、不意に、

「……今日、誠也の頭撫でてたね」

 なんて言われ、ん? なんの話? と首を傾げた。
 そうすれば、覚えてないの? と見つめ返された裕は、ああ、あの時か。とうっすら覚えていたミーティングでの出来事を思い出した。

 今日は締めの売上報告も兼ねており、ミーティング時にプレイヤー(ホストの事をそう呼ぶらしい)や内勤やらがずらっと全員フロアに並ぶのは中々に壮観で、なんだかいつもこの日は身が引き締まるなぁ。なんて思いながらも、有人が売上を報告しているのを聞いていた裕。
 そして、売上に貢献した人、つまりナンバーを発表する時にいつものように一位、と発表された誠也が嬉しそうに有人やら石やんやらに絡み、それから裕にも絡んできたのでそのオレンジの目に優しくない頭をぐしゃりと撫でてやったのだ。
 その時の事を言ってんのか? なんて裕が蓮を見つめれば、

「……俺さ、今まで誠也の事すごいとは思ってたけど、それだけだったんだよね」

 とぽつり呟いた、蓮。
 照明の落とされた薄暗い店内は先ほどの艶やかさを潜めさせ、小さく俯いた蓮の黒髪を闇に紛れさせてしまいそうだった。


「楽しければいいと思って働いてたからさ、先輩たちから嫌がらせされるようになって雰囲気が変になっていくのとか嫌で。それでも誠也はカイさん達にも認めてもらえるようなビッグなホストになる! とか言ってて。俺はそれになんの意味があるんだろうってぶっちゃけ思ってた。認めてもらえて、だからなんだろうって。それに誠也がどんだけ頑張っても、あの人達はきっと認めない。今はもう表立って俺らに嫌がらせなんてのはしてこなくなったけど、その代わり他の奴らに当たるようになってる。まぁそれは裕が一番分かってるだろうけどね。そんで俺は自分で見た見てない関係なくなんとなくそういうの分かっちゃう方でさ、」
「……うん」
「その点、誠也とか瑛とか石やんはさ、優しいっていうか根本的に人を疑ったりしないし、人を信じてるんだよね。嫌な奴でもいつか分かり合えるって。だから裕が嫌がらせ受けてるって気付いてないと思うよ。そこがほんと馬鹿だなぁって思うけど、でもそれがあいつらの良いとこだからさ。でも俺は人を信じるとかそういうのないから、ああこいつは駄目だなって思ったら見切りつけるし、誰かがやられてるの見ても基本当たり障りなく接するし、結局そういうの考えたりする事すら面倒くさくなっちゃって、だからあんまり出勤しなくなったし、けど誠也達が居るから辞めたくはなくて、宙ぶらりんなまま、ここ数年過ごしてた」
「……うん」
「でも裕と出会ってからさ、なんかそうやって言い訳並べて色んな事から逃げてるだけの自分ってダサいなって思ってさ。ほら、裕って真面目じゃん。それにちゃんと自分を持ってて、いつでも前を見てる感じがして、そういうのいいなって」

 そう言っては顔をあげた、蓮。

「だから、そんな裕に今日誠也が褒められてるの見て、初めて羨ましいなって思った。それに結果として誰かに誇れるような事を誠也はずっとやり続けててさ、それもすごいなって。俺は別にカイさん達に認められたい訳じゃないけど、でも裕に誠也みたいに褒めてもらいたいなって、初めて思ったんだよね」

 なんて言った突然の蓮の台詞に、えっ、俺? と裕が目を丸くし呆けていれば、

「来月、俺が一位取るから。そしたら俺の事も褒めてくれる?」

 と椅子に座っているから自分より低いその新鮮な目線でどこか子犬を思わせるような無垢さを浮かべ見つめてくる蓮に、裕はヒュッと息を飲んだ。


 途端なぜかドクドクと心臓が鳴り出し、体が熱くなっていく。
 喉に、胸に、何かが詰まってゆくような息苦しさが全身を締め付けてくる感覚がし、けれどもそれをなんとか抑え、

「なに、言って、」

 とどもる裕だったが、すっと立ち上がった蓮が近付いては裕の肩に頭を乗せたかと思うと、

「頑張るからさ、褒めてよ」

 なんて言外に、一位を取ったその時はこの頭を撫でろ。と示してくるので、そんな事をされてしまえば、

「……っ、分かっ、た、から、」

 と馬鹿みたいに息を詰めらせながらも了承してしまうしかなく、どうして俺に。だとか、お前五位やん。誠也じゃなくてまずは四位の人を打倒にするべきだろ。なんて言葉は喉の奧で消えた。


 そんな裕の心など知ってか知らずか顔をあげいつものように爽やかに笑った蓮が、

「約束だからね。じゃあ俺誠也に宣戦布告してこようかな」

 なんて言い残してはフロアから颯爽と出ていき、残された裕は灰皿を持ったまま呆然とその背を見つめた。


 それから遠くの仮眠室から何か騒ぐ声が聞こえ、裕はやはりバクバクと鳴る心臓と熱くなってゆく体をどうにかしようと、ポケットに突っ込んでいた缶コーヒーを開けた。
 ぐいっと喉の奧に流したそれは飲めない筈のブラックコーヒーなのにどこか甘ったるい気がして、

「……なんなんだよもう……」

 なんて呟いた裕だったが、訳の分からない事を言ってきた蓮の言葉とさきほど肩に触れた重さを思い出してしまって、堪らずもう一度ぐいっとブラックコーヒーを飲んだ。
 けれども一向に動悸は収まらず、むしろ自分のこれまでの平穏な日々が目まぐるしく変わっていってしまうような、そんな得も言えぬ気配がずっとしていた。



 to be continued……






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