翌る朝。
 散々貪り合い、最後はお互い気絶するかのように眠りについていた妹尾と立花は盛大に鳴るアラームによって叩き起こされ、お互い顰めっ面をしたままもぞりとベッドの中で蠢いていた。

 それから一足先に微睡みから泣く泣く抜け出した妹尾が長い腕を伸ばしてはアラームを止める。
 途端に部屋はしんと静まり返り、その穏やかさにもう一度眠りの体勢に入ろうとした立花だったが、妹尾がむくりと起き上がった拍子に入り込んだ風が未だ裸のままの上半身を冷たく撫でてくる感触にぶるりと身を震わせてようやく目を覚まし、のそりと顔を上げて先程妹尾が止めた小棚の上に置いてあるデジタル時計を覗き込んだ。

 時刻は早朝の六時を指しており、その記されている数字に、えっまだ二時間くらいしか寝てねぇじゃん。と立花は顔を歪ませたが、隣で上体を起こしたままぼうやりとどこかを見つめている妹尾を見ては、こんな姿ももう俺だけのせのおだって思うとすんげぇ可愛く見えるな。なんて笑みを溢す。
 その微かな笑い声が聞こえ、妹尾がその声に何を思うでもなく顔をそちらに向ければ満面の笑みで見つめてくる立花の瞳と目があった。


「……なんで笑ってんの。おまえは朝っぱらから元気だよねほんと」

 なんて妹尾も釣られて笑いながら、するりと指を伸ばしては立花の額にかかっていた髪を梳いてくる。
 その猫を可愛がるような撫で方に立花は目を細めつつ、恋人になったらこんな甘やかしてもらえんの? んだよ今まで損してたわー。もっと早く恋人になってりゃ良かった。なんて考えながら妹尾の腰に腕を回しては晒されたままの恥骨辺りにぐりぐりと顔を寄せた。
 ふわふわとした気持ちが募り、鼻腔を擽る妹尾の匂いに立花が息を吐く。

「はぁ〜、せのおだ〜」
「ふはっ、なんだよそれ。はいはい、妹尾くんですよ」

 立花の意味不明な言葉に、それでも穏やかに歯を見せて笑う妹尾。
 その顔を下から見上げつつ、あ、少しだけ髭生えてる。と綺麗な顎のラインを彩るそれにまたしても笑みを深めた立花が、

「なんかすっげぇ幸せって感じ。やっぱせのおとセックスすんのが俺には合ってんだな、うんうん」

 なんてへらへらと笑えば、今まで優しく髪の毛を梳いていた妹尾の指がぴたりと止まった。
 ふいに訪れなくなった感触に、もう甘やかすの終わり? なんて立花が呑気に顔を上げる。
 その立花を真顔で見下ろしていた妹尾が、ぱちりと立花と目が合うといつもの掴み所のない笑顔でにんまりと微笑み、

「そーね。俺ら体の相性めちゃくちゃ良いもんな」

 と先程の立花の発言に同意するよう頷き、だがそのあとすぐ、

「あ、でも今回たまたまお試し相手がお前の無理なタイプだったってだけで、探せば実はもっといい奴いるんじゃね?」

 なんて笑顔のまま小首を傾げ、んー、と小さく考えるような素振りをしたあと、

「そう考えるとやっぱ俺らセフレにもどろっか。なんならただの友達にまで戻ってもいいけど、とりあえず恋人ってのは一旦白紙で。その方がお前も俺もまだまだ出会い探せるしね」

 と、全てまるまると覆すような台詞を吐いた。


 その突然の言葉を脳が上手く処理出来ず、しばらく呆けた表情をした立花だったが、意味を理解するとたちまち顔を歪ませた。

「やだよ。俺にはせのおだけって言ったじゃん」

 そう深く深く眉間に皺を寄せ、嫌だと意志を示す立花。
 せっかく昨夜はあんなに気持ち良くて心地好くて、恋人同士のセックスってこんな違うんだ。と思ったばかりなのに。今だってめっちゃ幸せだったのに、なんで。
 と心の中で呟けばまたしても痛くなる胸の感覚に、ぐらぐらと立花の視界が揺れる。
 ぐるぐると腹の奥底からせりあがってくる不快感の正体が何かもよく分からぬまま、それでも嫌だと口を一文字に結びながら強い拒絶を示した立花のその否定すらをもしかしするりと笑顔でかわし、

「いやだから分かんないじゃん? また試してみろって」

 なんて貫くようなとどめを刺してくる妹尾。
 そのへらりとした読めない笑顔とどこか突き放すような態度に、とうとう立花はここ一ヶ月半あまりで馬鹿になってしまった涙腺の蛇口がまたしても弛んでくる感覚に逆らえず、ぽろりと一粒涙を落としては、

「……んでそんな事言うんだよ、俺にはお前だけだって、言ったのに。……お前が昨日独占していいって、言ったばっかのくせに」

 と非難する言葉を吐きながら、ずずっと鼻を啜った。

 穏やかであたたかな温もりを感じていた数分前と今とのこの差はなんだ。とぐすぐす鼻を鳴らしながら、ああやっぱりどうしようもなく胸が痛い。と立花は目の前の白い枕を見つめる。
 じわじわと足先から冷えてゆく感覚がして、付き合うという言葉なんて妹尾からしたら普段の冗談を言う事と変わらなかったのか。と虚しくなりつつ、でもまぁそうだよな。せのおは男で、俺も男で、それなのにせのおしか無理になっちまった俺だけがおかしいんだから。と立花はもう止める方法も分からない涙をぼたぼたと溢しながらも、諦めとは別に沸々と怒りが沸いてくるのを感じた。

 だったら昨夜できっぱり突っぱねてくれても良かっただろう。
 何言ってんだよお前、こえーよ。って追い返してくれても良かっただろう。
 こんなぬか喜びを与えてくるなんて、とんだ悪魔かよお前は。
 そう沸き立つ妹尾にとっては理不尽かも知らぬ怒りに身を任せた立花は、もう味わえない恋人としての妹尾にぼとぼとと涙を流しながら、ごちゃごちゃになった思考のままガバリと起き上がり、

「そんな事言うなら、付き合おっか? とか気安く言ってくんじゃねーよばか! ……俺はお前が好きなのに、他の奴とか、なんなんだよなんでそんなん言ってくんだよせのおのばかやろー!」

 と絶叫するよう泣き叫べば、

「はい今のもう一回」

 なんて泣き喚く立花のその行動や言葉を気にも留めず顔にビシッと指を突き刺してくる妹尾。
 その突然の妹尾の台詞と、じっと見つめてくるその表情に、うぇ? と涙を引っ込ませ、先程の勢いはどこへやらぱちくりと目を瞬かせた立花が妹尾を見つめ返す。
 そうすればまたしても、

「今のもう一回」

 なんて催促され、その訳の分からない言葉に立花は困惑の表情を浮かべた。


「……せのおの、ばかやろー?」
「ちげぇよばか、その前」
「え、その前って……、あっ」

 そう指摘され、立花はようやく今自分が発した言葉を理解した。

 俺は、妹尾が、好き。そう言った。
 俺は、せのおが、好き?

 そう考えた瞬間、女の子を抱けない理由も、他の男に触られても気持ち悪いとしか思わなかったことも、妹尾が自分だけじゃないと思って悲しくなったことも、昨夜の妹尾のひどく優しい態度にふわふわと夢心地な気分になったことも、そのなにもかもが全てすとんと綺麗に腑に落ち、立花は途端に顔を赤く染め、あ、う、と言葉にならない声を呟いた。

「なんで俺だけじゃなきゃ嫌か、ちゃんと自分で分かった?」

 そう瞳を柔らかく弛ませ問いかけてくる妹尾に、

「……わかっ、た」

 と呟けば、

「もーお前はほんとに、やっとかよ」

 なんて破顔する妹尾。
 その言葉や和らいだ空気に顔を赤らめたまま呆けていれば不意に抱きすくめられ、立花がうぷっ、と鼻先に当たる肩の感触に間抜けな声をあげる。
 しかしその突然の抱擁ですら恋心を自覚したばかりの立花にとっては大事件であり、息さえもできないほどのトキメキにぎゅっと目を瞑ったが匂いも温度も触れる所全てが妹尾で溢れていて、ああなんだこれ。と逆上せそうになりながらもこうして抱き締めてくれるという事はせのおも俺の事? なんて立花は淡い期待を抱いた。


「……せのおは、せのおはその、おれのこと、その、」

 言葉をつっかえさせ、しどろもどろになりながら問いかければ、腕を離してはじっと見つめてくる妹尾。

「言っとくけど俺はお前が俺の事友達兼ただの気持ち良くしてくれる棒としか見てなかった時からお前のこと好きだからね、ずっと。俺はお前以外抱いたことないし、抱きたいって思ったことすらないからね、ずっと」

 そう真っ直ぐ見つめてはそう返事をした妹尾の予期せぬその言葉の数々に、えっ、と更に顔を赤くする立花。
 そんな立花にコツンと額を合わせてきたかと思うと、

「俺は好きな子以外抱かねーの。分かった?」

 なんて至近距離で妹尾が囁き、昨夜と同じ、しかしまるっきり意味の違う胸の痛みに、

 ああもうなんだこれ。心臓が痛くて痛くて、今にも死んでしまいそうだ。

 なんて思いながら真っ赤な顔のまま、胸が詰まり何も発することが出来ないとばかりに立花が息を吐き、それでもブンブンと頭を上下に動かす。
 その玩具のような動きに、ぶはっと笑い声をあげた妹尾が、

「それなのにおめーは逃げたかと思いきや斜め上の発想で俺以外の奴に抱かれようとしたとか言ってくるし、もーほんと勘弁しろよなまじで」

 なんてぐりぐりと額を擦り合わせてくる。
 それにイテッと声を落としながら、確かに今考えれば妹尾からしたら堪ったもんじゃないな。と立花は猛省しつつ、そのじゃれてくるような妹尾の仕草にキュンキュンと胸を疼かせた。

 自覚した途端に妹尾の一挙一動に心が浮き足立ち、嬉しい、愛しい、好き。と踊っていて、そんな暴力的なまでの衝動をむしろどうして今まで気付かなかったんだ、と高揚したまま、がばりと妹尾に抱き付いた立花。

「すき、せのお、すき」

 そのままぎゅうぎゅうと首に腕を巻き付け呟けば、痛いほどに抱き締め返しながらも、

「うん」

 なんて小さく、けれど驚くほど甘く優しい声で妹尾が相槌を打ってくる。
 その温もりにすりすりと肩口に顔を寄せた立花は、しかし密着している体のせいで昨夜の出来事をまざまざと思い出してしまって、一人顔をまたしても赤く染めた。
 昨夜の情事の残骸が体の奥で疼き、散々セックスしたというのにもう一回欲しい。とひくつく蕾。

「……せのお、えっちしよ。 昨日よりぜってー気持ち良いって思う気がする」

 そう熱い息を落とし、興奮したまま呟きながら鼻先をすりすりと首筋に寄せれば、擽ったさに身を捩った妹尾が、

「ほんとばかだねおまえ」

 なんて言いつつも、よいしょ。と立花の体をベッドへと押し倒してくる。
 その雑な台詞と、されど馬乗りになってくるヤる気まんまんな態度に、柔らかく妹尾の匂いで満たされたベッドにぼすんと沈んだ立花は愛しさで埋め尽くされた胸のまま妹尾の首に腕を回した。
 しかしその瞬間目の端を掠めた小棚の上の時計に、そういえばと思い出したように、

「あ、せのお、まって、今から仕事じゃねぇの?」

 と立花が呟いて目を伏せ、それでも仕事を放ってはおけるわけもなく名残惜しげに襟足を撫でれば、

「ん? 俺今日休み。お前は?」

 なんて予想外な台詞が返ってくる。
 それに、なんだよアラームリセットし忘れただけかよ。と立花がだっせーと言いたげに笑いながら、

「俺も休み。やったーセックスできる」

 と幸せそうに言えば、ははっと笑い声をあげた妹尾が優しく額に唇を寄せ、

「そーね」

 なんて言ってきたかと思うと、

「好きだよ、いつき」

 と囁いた。
 その直接的に落とされた突然の言葉に、一度目を瞬かせたあと、ぼぼっと首まで赤くした立花がわなわなと唇を震わせ、

「……ほんとお前のそういうとこずっりぃ」

 と真っ赤な顔を掌で覆っては盛大に照れ始めた。
 その見たくて見たくて堪らなかった立花の姿に破顔した妹尾は、どうせお前のことだからアラームリセットし忘れたとか思ってるんだろうけど、そうじゃないからね。お前が昨日来なけりゃ今日朝っぱらから突撃する予定だったし、もし居なけりゃ帰ってくるまで家の前でずっと待ってるつもりだったからね。それほどもう俺切羽詰まってたからね。と心の中できっと永遠に告げる事のない真相を暴露しつつ、照れている立花の顔を良く見ようと顔を隠す手の甲に口付けを落としては、

「キス、しねぇの?」

 と囁く。
 そうすれば小さく唸り声をあげたあと、おずおずと掌をどかしては未だ真っ赤な顔で、

「……する」

 なんて言ってきた立花に、妹尾はまたしてもぶはっと声をあげて笑いながら、顔を寄せたのだった。



【 セックス=愛ってことで、これからは宜しく 】






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