目が覚めると、大分見慣れた天井が目に入った。同棲を始めて丁度一年ぐらい経つマンションの天井だ。
ベッド横に置かれたデジタル時計は昼前の時刻を表示していた。いつもならば遅刻確定の時間だが、今日は日曜日だ。休みは嬉しい。
窓の外は綺麗に晴れていて、寝室の中に光が差し込んでいるくらいだ。絶好のお出かけ日和である。
半身を起こすと、生身の肌を冷気がつつく。思わず身震いしてしまう。まだ秋の中頃だというのに、この寒さは何なのだろうか。
ベッドからギリギリ出ないように腕を伸ばし、近くに散らばっていたシャツを手に取る。一晩そこに放り投げたままだったせいか、着ると生地がひんやりしていた。
私の身体より幾分か大きいワイシャツからは、コーヒーと煙草の匂いがした。

「ん……」

シャツの持ち主が小さく声を漏らす。薄く開いた三白眼が私の姿を捉えた。

「ああ……おはようございます」
「おはよ。起こしちゃった?」
「そうでもありません……自然に覚醒しました」
「なら良かった」

一つ大きな欠伸をして、彼も半身を起こす。普段は綺麗に整えられている髪は寝癖でボサボサだ。普段は眼鏡で隠れる最悪の目つきもばっちり露見している。ここだけ切り取ってみると、一種のチンピラにも見えなくない。いつもは真面目な大学生の彼のこの姿を知っているのは私ぐらいだろう。私だけの優越感だ。

「……良いですね、それ」
「は?」

彼が私を──正確には私の着ている自分のシャツを指差す。嬉しそうなのだが、にやにやした笑い方が少し気持ち悪い。私を自分の方に抱き寄せて頬擦りする。私のこの恰好が相当お気に召したらしい。

「“彼シャツ”なるものは初めて見ましたが、中々興奮しますね」
「起きた傍から盛るんはやめんしゃい。散々したじゃろ」
「あそこまで激しいのは久々でしたね……またしたいものです」
「ウチが壊れるからやめて。大学行けんくなる」
「良いじゃありませんか、一日ぐらい休んでも」
「それお前のゼミの教授に言ったらどんな顔するかのぅ」
「ショックで寝込まれるかもしれませんね。授業が休講になりますよ」
「冬休みに補講とか勘弁じゃ」
「そうですね……万が一クリスマスに当たってしまったら大変ですね」

彼の腕の中で、そんな何でもないような会話を続ける。彼の鼓動を片耳で聞きながら、積もるだけの話をだらだらと続ける。

「雅さん」
「ん?」
「雅さん」
「はい」
「雅さん」
「何」
「雅さん」
「だから何」
「……言わなければ分かりませんか?」
「……夜中に言った」
「起きたのでもう一度聞きたいです」

甘いテノールで囁かれる。私がこれに弱いのを知っていて。
上目遣いで見てやると、にっこり微笑まれる。ああ、負けた。

「……たんじょーび、おめでと」
「ありがとうございます」

照れ隠しの変に間延びした声で言ったのに、彼は本当に嬉しそうに私にそう言った。額にキスが落ちる。本当に今日はご機嫌だ。

大きなケーキがあるわけじゃない、すごく高価なプレゼントがあるわけでもない。
郊外のマンションの一室で、ただ傍に私がいるだけの誕生日。
普段と何ら変わらないような特別な日を、彼は心から喜ぶのだ。

お誕生日おめでとう、比呂士。
あなたが幸せでありますように。私はそう願うのです。











2014.10.19



Happy Birthday Yagyu!!!!





.