※柳生が殺人性愛者 窓から差し込む光で目が覚める。日曜日の目覚めはいつもこうだ。微睡みの中から徐々に抜け出していくのが良い。 輪郭のぼやけたライトを数秒見つめ、左に視線を移す。 彼女がいる。長い銀髪を広げ、深く目を閉じている。一糸纏わぬ身体は蝋のように白い。そこに散る紅と紫の首輪が毒々しい色を添えていた。 そっと彼女に触れる。温かみはない。 胸に耳を当てる。何も聞こえない。 「仁王さん」、と彼女を呼ぶ。長い睫毛は微動だにしない。 起き上がり彼女を抱き寄せる。力の入っていない腕がだらりと垂れた。色を失くした唇に口付ける。まるで氷にキスしたみたいだ。 彼女は綺麗なままで、眠っていた。 「……仁王さん」 きつく抱き締めるが、彼女は私を抱き返さない。身体の冷たさだけが私に染み渡っていく。 彼女の首に掛かった紫をなぞる。麻縄の目がくっきりと残っていた。私の両手にも同じ跡が残っている。 据わらない彼女の首を支え、自分の胸に抱き寄せる。彼女は勿論抵抗などしない。大人しく私の腕の中に収まっている。 「……はは」 動かない彼女がもう私から離れることはない。 目を開けない彼女がもう他の人間を見ることはない。 喋らない彼女がもう嘘をつくことはない。 胸中で渦巻いていたどす黒いモノがバラバラ崩れ落ちていく。頬擦りをすると、彼女がいつも使っているコロンが香った。 「綺麗ですよ……」 理想の女性に成った彼女が、ただ愛おしかった。 ふと時計に目を移すと、もう昼前だった。 名残惜しいが再び彼女を寝かせ、布団を掛ける。……仕方のないことだというのは分かっている。 ……さて、ブランチでも作りましょうか。 フライパンの上でベーコンが焼ける。 香ばしい匂いのするその上に卵を二つ落とす。卵に火を通している間にトースト達を取り出し、サラダを盛った皿にそれぞれ乗せる。そろそろ紅茶も良い具合に抽出されてきた頃だろう。青と緑のマグカップにそれぞれ注ぐ。今日は“彼女”の好きなアールグレイだ。 「おはよ」 「おはようございます」 眠そうな表情で、彼女が起きてきた。私のワイシャツを着ている。サイズが全く合っていないので、洒落たワンピースみたいになっている。彼女はソファーに腰掛けると、青いマグカップに入った紅茶をちびちび飲み始める。 長い髪の間から覗くうなじに私の視線は行く。あの毒々しい紫の首輪は消えてしまっていた。恐らく、私が昨晩付けた紅も全て消えてしまっているのだろう。 焼きあがったベーコンエッグを皿に盛り、二人の食事を持っていく。 「……フン」 「いただきます」を言わず、彼女は真っ先にベーコンへフォークを突き立てる。いつもなら注意するのだが、今日は特別だ。いつもの通り、この時の彼女の機嫌は最悪なのだ。 けれど、会話の無い食事はつまらない。 「今回は意外と早かったですね」 「お前が前みたいな無茶せんかったからじゃろ。ただ呼吸止めただけなら、一晩で起きるわ」 「前回はどれだけ掛かりましたっけ?」 「五日。誰かさんが屋上から突き落としたりするけ、色々面倒やったのぅ」 「あれは流石に私もやりすぎたと反省していますよ。真夜中だったのが幸いでしたね」 「普通は全身血塗れでぐしゃぐしゃの肉塊抱えて走っとったらすぐ警察行きじゃ」 「ですから、今回は私なりに自重したんです。褒めてください」 「あほ。いくら生き返るち言うても死ぬ時は苦しいし痛いんじゃ。自重もクソもあるかボケ」 「抵抗しなかったくせに」 「抵抗するとアホみたいに興奮する奴がおるからのぅ……誰とは言わんけど」 「今度は抵抗してみてくださいよ。その方が興奮します」 「否定ぐらいせんか変態」 こちらを睨み、彼女が舌打ちする。そして、綺麗に野菜だけが残った皿を私の方へ寄せる。彼女は大の野菜嫌いだ。 今日は野菜を残しても怒らない日だから、私は黙ってその残りを食べる。 「出来ることなら、磔刑とかやってみたいですねぇ」 「……そしたらお前は即牢屋行き、ウチはアメリカの訳分からん施設に輸送されるかヴァチカンで聖人扱いじゃのぅ」 「キリストの再来ですか……それは面白いですね」 「やってみる?」 「いえ、お断りしておきます」 「何じゃ、やっぱり刑務所は嫌?」 「いいえ」 「じゃあ、何」 ニヤニヤしながら私を見つめる彼女に、ただ真面目に答える。 「貴女を世界中の人間に認知されるのが嫌なだけです」 「世界中に認知なんてされたら、私は嫉妬で狂って死んでしまいますよ」 「私の行き過ぎた嫉妬の結果が、今の私たちなんですから」 「……………………」 彼女は黙っている。だが、すぐに視線を逸らし、毛先をいじり出す。 喋らなくなった時には見られない顔だ。 死んでいる彼女は美しくて好きだ。けれど、生きている彼女も私は同様に好きなのである。 笑わない貴女は堪能したから、今からは笑う貴女と過ごしたい。 笑顔が見たいから、笑いかける。 「貴女以外、殺したいと思ったことはありませんから」 「……あほ」 おや、また睨まれてしまった。私が思っていたより彼女の機嫌は悪かったみたいだ。 フン、とそっぽを向いた彼女の顔に、目玉焼きの黄身が付いていた。いつものように、指で拭い取る。 触れた肌は、温かかった。 2014.5.16 . |