ソファーで雑誌を読んでいたら急に押し倒された。その衝撃でアイアンマンが遠くに飛んでいく。目の前の奴に舌打ちした。 「やぎゅー……」 「私にも構ってくださいよ」 「今雑誌読んどったじゃろ」 「ロバート・ダウニー・Jrにはいつでも会えるでしょう」 「お前にもいつでも会える」 「私明日からしばらくいませんよ」 「そのいない時にロバート・ダウニー・Jrと会えと?」 「そうです」 「嫌。ウチは今この瞬間にロバート・ダウニー・Jrと会いたいんじゃ」 「私は今この瞬間に貴女といちゃつきたいんです」 そう言って奴の手が私の服の中に伸びた。少し冷たい指が体を這い回る。くすぐったい。抗議も兼ねて背中を引っ掻くと、両手で胸を鷲掴みされた。ぎゃん、と色気のない声が出た。それを見て奴がニヤリと笑う。 むくれてやるとキスされた。触れた唇は指とは違って温かい。背中に回っていた手を奴の頭にやる。その状態でキスを堪能してやった。いちゃつくのがお望みだろう? 唇が離れると、奴がフフフと笑う。怪訝な顔で見てやると、更に嬉しそうに笑う。 「何?」 「いえ……いつもなら、キスされた後は私にされるがままの貴女が珍しいなあ……って、思っただけです」 「たまにはええじゃろ。こういうのも」 「そうですね」 今度は首筋に唇が当てられる。そのまま服がたくし上げられた。冷えた空気が腹を撫でる。 「ちょ……シャワーぐらい行かせて……」 「いいじゃないですか。今夜はこのままで」 「いっつもウチがめんどくさがると怒るくせに……」 「今回は特別です。良かったですね」 「やぎゅ……」 起き上がろうとすると、再びソファーに押し付けられる。力では敵わない。 「貴女の匂いを、忘れたくないんです」 沈黙が世界を支配する。お互い何も言わない。空気清浄機の作動音が部屋を巡る。電車の音は聞こえない。もう終電は行ってしまったのだろう。 「柳生」 「…………」 「何でおまんが泣くんじゃ」 「……すみません」 ぼたりぼたり、温かい雫が落ちてくる。 「自分が決めて行くんじゃろ。だったら責任持って行け」 「…………はい」 「戦いに行くわけじゃない。お前は人を治しに行くんじゃ」 「……はい」 「だったら、そがいなこと言わんで。胸張って行け」 「………………雅さん」 「ん?」 「貴女も泣いてます」 比呂士の指が私の目元に伸びる。見せ付けられた指は、濡れていた。 やめて。そんなもの見せないで。やめて、やめて。いつもの私でいさせて。 「……恋人が戦場行くんに、不安にならんアホが何処におるんじゃ……っ、!」 ああ、やってしまった。こうなると、私も止まらない。 今まで押し込めていたものが一気に出てきてしまう。比呂士の胸を叩く。意外としっかりした胸板を次に叩けるのはいつになるのだろう。 「ばかっ……ばか……!」 「……ごめんなさい」 謝るな、という言葉が出ない。 口を開いたら弱い言葉が漏れてしまいそうだ。 引き留めてはいけない。比呂士が決めたことだから。私は背中を押すだけすればいい。 「…………電気、消して」 それを言うのが精一杯だった。眼鏡を外した比呂士の目は赤かった。 暗くなった部屋に、月光が零れる。温かく感じていた光が冷たく感じるのは、決して気のせいではない。 比呂士が医者じゃなければよかったのに。 他の人が行けばよかったのに。 私が「行かないで」と言える女の子だったらよかったのに。 私が笑って「いってらっしゃい」が言える女の子だったらよかったのに。 夜が終わらなければいいのに。 朝なんて来なければいいのに。 君が、アイアンマンだったらよかったのに。 2014.2.25 . |