「……は?」 何を言っているんだこいつは。訳が分からない。 目の前の七三眼鏡を睨み付ける。 「ですから、私の応援演説を頼みたいんです。生徒会選挙の」 柳生が生徒会役員に立候補することになった。それも生徒会長のポストに。一年生がよく頑張るものだ。 だが相方が立候補するとなっても、そんな真面目クンのイベント、私には何も関係無いし、勿論興味も無い。まあ勝手に頑張ってくれ、という感じだったのだが……。 「応援演説ってアレか。選挙に立候補した奴はホニャララだー、みたいなこと言う奴か」 「そうです」 「お断りじゃ」 大丈夫かこいつ。眼鏡壊れてるんじゃないか? 髪は銀色、両耳にピアス、規定外のカーディガン、短いスカート、着用許可期間外の黒タイツ。入学から半年で生徒指導部のブラックリスト入り、見るからに問題児、校則違反のオンパレード。 こんな人間に、そんな大事な役回りは頼まない、普通。 「他にもっとそういうイベントに適した人間、いくらでもおるじゃろ。真田とか、柳とか」 「仮に頼もうと思っても、真田くんは別の方に頼まれていたはずですし、柳くんは選挙管理委員会ですから」 私は貴女にやっていただきたいんです。 ニコニコしながら言う。ああ、本当にこいつは真面目な良い子なんだなあ……としみじみ思う。私とは対極にいるタイプ。 「……何でウチなん?」 「え、だって……一番仲が良い友人は、仁王さん、ですから……」 「…………」 「仁王さん?」 「……お前さ、ウチがあっさりええよー、とでも言うと思った?」 「え……」 柳生の言葉が止まる。私が快く了承するとでも思ったのだろうか。おめでたい奴。 その顔を見ずに、私は続ける。 「ウチな、そういうイベント大っ嫌いなん、分かる?わざわざ自分から目立つ行動とか一切お断り。第一、もし仮に万が一ウチが了承して演説したとしても、笑い者になるだけじゃ。ウチもおまんもな」 「笑い者って……どうしてです?」 「分からんがか?見るからに真面目クンについて、見るからに問題児が語る。何とまあ滑稽ぜよ。抱腹絶倒もんじゃ」 「貴女のどこが問題児なんですか」 大層真面目な顔で、柳生がそう言った。クツクツ自虐気味に笑っていたが、思わずやめてしまう。 「……それ、本気で言うとんの?」 「そうですが?」 「……どうかしとる」 鼻で笑ってやったが、それでも柳生の表情は変わらない。未だクソ真面目なままだ。 「何だかんだ言って最後まで付き合ってくれますし、よく周りに気付くでしょう?確かに校則は破りまくってますが……貴女は優しい人です」 「……っ、ふざけんな……!!」 ドス、と鈍い音がした。すぐ下で柳生が腹を抱えてうずくまっている。同時に左の拳が痛い。……私が手を出したようだ。気持ち悪いくらい冷静な自分がいる。 「さっきから勝手なことばっか言いやがって……何が優しい人じゃ!誰を見て言うとるんじゃ、お前は!!」 顔が熱い。視界が僅かにぼやけ出した。声と身体が震え始める。 もう喋るな。これ以上は柳生を傷付けるだけだ。 冷静な自分がそう諫めるが、私の口は止まらない。止まってくれない。 「一番仲が良い友人?お前はそう思うとるかもしれんがな、ウチはお前なんざ何とも思うとらんわ。残念やったの」 「……っ、」 柳生の目が大きく見開かれた。ショックの色を映していた。 心臓が、痛い。 「仁王さん……」 「……そういう訳じゃ。誰か他の奴に頼みんしゃい」 踵を返し、逃げるようにその場を去った。 あの日以来、柳生は部活に来ていない。 念の為言っておくが、私が腹を殴ったせいじゃない。柳生は無事、他の人に応援演説を頼み、現在その打ち合わせ中だ。打ち合わせ以外にも原稿の校正や演説の練習で忙しいらしい。 「────で、お前は完全に謝るタイミングを逃したと」 「うっさい」 「その暴力はツンデレじゃ片付けられねえよなあ」 「誰がツンデレじゃ」 ケタケタ笑う丸井の脛を蹴っ飛ばす。その反動で転び、膨らましていた風船ガムが割れ、丸井の顔全体に広がる。ざまあみろ。 柳生がいないせいで出来ない練習をこいつとやっているわけだが、さっきからこんな感じだ。全く練習になっていない。丸井も丸井で相方が応援演説を頼まれ、相手がいない状態である。 丸井が新しいガムを口に放る。クチャクチャ噛み続け、何も言わない。 「……丸井よ」 「んだよ」 「ウチな、友達と喧嘩したことないんじゃ。つーかその前に、その段階まで仲良くなった奴なんておらん」 「さっみし」 「黙れブタ」 ラケットで赤い頭を殴ろうとしたが不発した。避けるな真ん丸ブーちゃん。 「……じゃけ、どう謝ったらええか分からん」 すると急に丸井が笑い出した。私が睨むと、「悪ぃ悪ぃ」と両手を打つ。 「何がおかしいんじゃ」 「いや……ちゃんと自分が悪いって分かってんだなって思っただけ」 「?」 丸井の言ってることがイマイチ分からない。どう考えても、今回の件は私が悪いだろうに。 首を傾げると、丸井のラケットが私の頭に乗る。 「自分が悪いって分かってんなら、あとは謝るだけだろぃ?そんな気に病むことじゃねえって。柳生の顔見て、ごめん。これで解決」 柳生だって分かってるはずだぜ? そう言って、頭に乗せたラケットを持ち上げる。微かな痛みを感じた。そのガットを見ると、数本、私の髪の毛が絡まっていた。本日一番の怒りを込めて睨み付ける。 「あー、ごめん。悪い」 どこぞの錬金術師みたいなポーズで謝る丸井。私が溜息を吐くと、ニッコリ笑う。 「な?簡単だろ?謝るって」 「……!」 目を見開く私に、丸井が人差し指を向ける。 「まあその内どこかでバッタリ〜なんてあるって。そん時にサクッと謝っちまえば良いだろぃ」 「……頑張る」 「頑張れ」 そう言った丸井の指が空を指した。 ────とは言っても、中々上手く行かないものである。 相変わらず柳生は部活に来ないし、廊下や移動教室でバッタリ会うことも無かった。一度図書室を覗いてみた。やはり柳生がいた。行って謝って、と思ったが、真剣な表情で原稿用紙のマス目を埋めている姿を見ていたら……どうも声が掛け辛かった。……単に私が臆病なだけかもしれないが。 そして、今日が生徒会選挙当日である。 実の所サボるつもりだったのだが、運悪く丸井に見つかった。首根っこを掴まれ、体育館に連れられる。 「相方の晴れ姿ぐらい見とけって」 「何かそれ日本語おかしい」 ギシギシ鳴るパイプ椅子に腰掛ける。当たり前のように隣に丸井が来る。何でこんなにご機嫌なんだ、と思ったが、こいつの相方も演説するんだった。立候補じゃない方の。 始業のチャイムが鳴っても、未だ体育館内はざわついている。キーン、とマイクのハウリング音が鳴った。少しだけ静かになる会場。 ぞろぞろとステージの脇から生徒が出てくる。一番端、会長の立候補者の席に、見慣れた紅茶色が座る。 ──が、どうも様子がおかしい。何やら顔が青ざめている……体調でも悪いのか。 するとすぐに丸井に小声で耳打ちされた。 「おい、柳生の応援演説する奴、今日休みだってよ」 「!」 「……ヤバくね?」 ……まずい。とてもまずい。 入学して半年、柳生の知名度は低い。それを紹介する人物がいないのでは、いくらあいつの演説が達者でも、恐らく勝ち目は無い。 応援演説者がいないのと柳生の顔色を見て、対抗馬の二年生がニヤニヤしている。顔は見たこと無いし、名前も知らないが。 「おい……どうするんだよ」 「どうって……ウチに言われても……」 立候補者の演説が始まる。庶務から順に、最後に生徒会長を残す。 「…………………………………………」 柳生の演説まで、あと一人。何故今日はこんなに時間が経つのが早いんだ……。軽く舌打ちする。 会場に拍手の音が響き渡る。副会長候補の女生徒がお辞儀をし、自分の席に戻る。 「…………っ!」 柳生の番が、来てしまった。 名前を呼ばれ、青い顔のまま、柳生が立ち上がる。マイクまでの距離を、ゆっくり進んでいく。 「……残念だけど、今年は柳生、無理だな」 丸井の呟きが、私の中に、響く。 「……………………」 脳裏に蘇るのは、図書室にいた、柳生の姿。 「…………知らん」 知らない、しらない。知ったこっちゃない。 「ちょ……仁王?!」 柳生が選挙に落っこちようが、生徒指導部に怒られようが、丸井に笑われようが。 私の知ったことじゃない。 「……仁王さん?」 「…………今から、柳生比呂士の応援演説を始めます」 どうなろうが、知るかボケ。 ゆらゆらと泳ぐ錦鯉。 その鯉が泳ぐ池に、割れた麩を投げる。水面が暴れ出す。口をばくばくさせる姿が愉快だ。 「よーっす、におー。元気に奉仕作業やってっかー?」 「黙れボンラレスハム」 「それボンレスハムのことか?」 「横文字は苦手じゃ」 紙コップに入れていた麩を全てばらまく。丸井の立つ方に向けて。さっきよりも激しく水面が揺れた。水飛沫が丸井のズボンを濡らす。ざまあみろ。 「案外楽そうだな、奉仕作業とやらは」 「今回は特別らしいぜよ」 あの日、飛び入りで柳生の応援演説をした。あんな突拍子もないことをするなんて馬鹿げてる、と自分でも思う。私は馬鹿だ。 何も考えていなかったから、ただ、言いたいことを言った。 「即興だし、半分以上悪口だったけどよ……俺は好きだぜ?あの演説」 「……ウチは詐欺師じゃ。アドリブなんてお手の物やし、人を褒めたりはせんよ」 「ソウデシタネー」 びしょびしょになったズボンをパタパタさせながら、丸井が呟いた。ムッとする私を見て、ニヤニヤと笑う。 「でも当選して良かったな、柳生」 「でなきゃウチが報われんわ」 100%アドリブの私の演説だったが、意外にも好評だった。びっくりするぐらい拍手されたし、若干柳生が涙ぐんでいた。何故だ。半分以上悪口のせいか。 その会場の空気のままに柳生の演説も上手く行き、見事一年生ながらに柳生は当選を果たした。 だが、あの後予想通り、私は生徒指導部に連行された。捕獲された宇宙人の如く両腕を掴まれ、ずるずると。その時柳がにやついていたのが腹立たしかったが、柳生の対抗馬(名前は知らない)の顔が上手に引きつっていたので良しとする。ざまあみろ。 乱入(と半分以上悪口)に対してのペナルティは覚悟していたのだが、恒例の奉仕作業という名の草むしりは命じられなかった。雑草が全く無いらしい。……ここは、同級生の神の子に感謝するべきだろう。あいつの趣味がガーデニングで良かった。 代わりに命じられたのが、中庭の鯉の餌やりである。どうやら、立海には鯉飼育部なるものがあるようで(名前の通りの部活だ)。今年は新入生が一人も入部しなかったらしく、顧問の校長が一人やっていたとのこと。その校長がしばらく休むということで、その代打に、と。 何とまあ、楽な罰である。 ベンチに座り、空を見上げる。空は青い。 「お、柳生」 「あ?」 丸井の指差す方を見る。三階の校舎から、柳生が手を振っていた。私も控えめに振り返す。 やたら嬉しそうにニコニコしながら、廊下の方に柳生が姿を消した。その方向は確か生徒会室だ。 「ま、結果オーライだろぃ。柳生は当選したし、お前らは仲直り出来たんだしさ」 「……そうじゃの」 丸井の差し出すガムを口に放り込んだ。甘ったるいグリーンアップル味。いつもは苦手なそれが、今日は何故か美味しく感じる。 「恋の味……ってか?」 「ばーか…………友情じゃ」 何やら意味深な笑みを浮かべる丸井をぶん殴った。空が青い。 「ウチと柳生は、友達じゃき」 ともだち。 その言葉が、どこかくすぐったかった。 ちぐはぐフレンズ 2013.9.4 . |