柳生の機嫌が悪い。とてつもなく悪い。

「柳生」
「…………」

ほら、俺が呼んでもこうだ。
口が若干尖っている。拗ねている証拠である。眼鏡で隠れて分からないが、きっと恐ろしいくらいに眼光は鋭いのだろう。
いつもの楽しい帰り道、しかも今日は柳生の家にお泊まりという心躍る日の帰り道なのに、こいつがこんなだから、俺達がものすごく冷めた関係に思えるじゃないか。ふざけんな。

「やーぎゅ」

少し甘えた声を出してみる。が、成果は無い。この野郎……。
そっと、空いている柳生の左手に、俺の右手を絡める。払いはしないものの、握り返そうとしない。
悔しいので、頭をぐりぐりと奴の肩に擦りつけてやる。

「やぎゅー、やぎゅー」
「やめたまえ。暑苦しい」

夕方とはいえ、八月の気温は高い。不機嫌な柳生に頭を押され、戻される。不満げに柳生を下から睨み付けるが、少しずれた眼鏡から覗く三白眼に圧された。思ってたより眼光は鋭かった。
それでも絡めた手は解かない。それに幸福感と俺への愛情を感じる。こいつのこういう所が好きなのだ。他に好きな所はもっとたくさんあるが。

そういうやり取りをしているうちに、柳生の家に到着する。
柳生が鍵を取り出す。言わずもがな無言である。ドアを開けても、「ただいま」すら言わない。無人の家でも言うのが柳生比呂士だろうに。お前の紳士性はどこへ行った。

「やァぎゅ」

柳生がリビングのソファーに腰掛けた同時に、その上に乗っかった。胸に顔を埋め、構わず頭を擦りつける。奴が嫌がろうが知ったこっちゃない。薄いカッターシャツ越しに柳生の熱を感じる。

「やぎゅー、好いとうよ」
「……嘘つき」
「何じゃア俺の言葉疑うんか?」
「分かってるくせに」

俺を自分の胸から引きはがし、フン、とそっぽを向く。ガキかこいつは。
そう俺が思ったのを感じ取ったのか、頬を摘まれた。それほど痛くはないが、若干痛い。絶妙な力加減をしやがる。

「やゆー。いひゃい」
「もう貴方なんて知りません。一生そうしてなさい」
「おえ、何ひゃひひゃひゃにょう?」
「自分の胸に聞いてご覧なさい」
 
ピン、と、最後に軽く痛みを与える形で、柳生が手を離した。抓られていた部分が若干ヒリヒリする。
そこをさすりながら、柳生の言葉を考える。しばらくして、一つ思い当たるものに行き着く。

「おまん……俺がブンちゃんとポッキーゲームしとったんを怒りゆうがか?」
「何だ。分かっているじゃないですか。浮気者」
「女々しいのぅ……」

からかうように笑えば、思いっきり舌打ちされた。紳士をやめたようだ。

「のぅ、柳生……あれは、クラスの罰ゲームじゃき。そう拗ねなさんな」
「罰ゲームでしたら、誰か他の方に頼めば良かったじゃないですか。どうして貴方が……」
「そりゃ、イケメン二人がやった方が盛り上がるじゃろォ?」
「成る程。やる気満々だったというわけですね。この淫乱ビッチ」

どんどん俺に対する言葉が辛辣になっていっている気がする。きっと気のせいじゃないが。

「なァ、どうしたら許してくれるん?」

柳生の首に腕を絡める。そのままキスしてやろうとしたが、奴の右手に阻まれた。何だ。いつもは俺にさせようとするくせに。
俺の口を塞ぐ手のひらを舐めた。ちょっとした悪戯である。
すると、その手が次第に俺の顎に掛かった。

「……やぎゅう?」
「少し、黙って」

俺が口を開き掛けた時、奴の唇が俺のそれを塞いだ。薄い柳生の唇。そこから伝わる熱が愛おしい。徐々に唇を割り、柳生の舌が侵入してきた。俺も負けじと侵入させるが、奴の方が一枚上手だった。舌を吸われ、絡め取られ、好き勝手に弄ばれる。
そのうち息が続かなくなってきた。何とかして酸素を確保しようとする俺の努力虚しく、柳生は徹底的に邪魔をしてきた。
長いキスが終わった時、俺の息は完全に上がっていた。
柳生にもたれ掛かり、荒い呼吸をする俺を、柳生がクスリと笑う。スッと眼鏡を外した。切れ長の瞳が、俺を嘲笑う。

「さて、仁王くん」

するり、シャツの裾から奴の手が入ってくる。なめかましく俺の腹を探る右手は、徐々に胸の飾りに伸びる。周りを撫でられ、背筋がゾクゾクした。

「やぎゅ……っ、んっ……」
「私を怒らせた罰です」

弧を描く瞳が俺を射抜く。


「大人しく、今夜は食べられて下さいね?」


べろりと唇を舐めるその仕草に、心が甘いモノで満たされた気がした。












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2013.8.2
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