十二年前、俺は恋をしていた。

最初はこの感情が俗世間が言う“恋”などとは微塵にも思わなかった。似合わないし。
だが、それは日に日に質量を増して行って、やがて自覚するぐらい大きくなった。
ふわふわしたピンク色の感情が少し嬉しいのと同時に、とても悲しかった。

俺の想い人は男だったからだ。

何故俺は男に恋をしてしまったんだろう。
何故俺は男なんだろう。

そんな思いがグルグル回って、彼の顔すら見れなくなった。密かに彼を汚してしまったようで、俺の心は罪悪感でいっぱいだった。無意識のうちに、俺は彼を避けていた。

そしたらある日、彼に問い詰められた。

「仁王くん、言いたいことがあるならハッキリ言ってくれませんか?」

丁寧、だけど有無を言わさぬ言葉。なのにその表情は哀しそうで。
俺は俯いたまま何も言わない。嘘は専門分野だが、厄介なことに、彼にだけ俺の嘘は通じない。だから何も言わなかった。

しばらくお互い黙ったままだった。

「……辛いんです。貴方に避けられるのが」
「ぇ…………」 
 
予想外の言葉に呆ける。
何で、と俺が訊くと、彼はしばらく躊躇ったように俯いたが、顔を上げ、俺の目を見た。ハーフミラーコート越しの炯眼に射抜かれて、俺は目を逸らせなかった。

「…………好きなんです、貴方が。友情ではなく、恋情として」

恥ずかしそうに言った後、すみません、と彼が謝る。

「気持ち悪いでしょう?同性からこんなこと言われて…………忘れて下さい」
「っ、待って、」

そう言った彼の手を俺は握っていた。

「それ、ほんと……?」
「へ……?」
「嘘、じゃない……?俺んこと好きって、ほんと……?」

必死で聞き返す俺に戸惑っていた彼だが、無言でコクリと頷いた。

「……うれしい」

涙が溢れた。突然泣き出した俺に驚いた彼が、ハンカチで涙を拭ってくれる。それさえも嬉しくて。

「好き…………俺も、柳生んこと、好き…………」
「仁王くん……」
「好き……やぎゅ、好き…………」

女みたいにメソメソ泣く俺を、彼が抱きしめる。
暖かい腕に包まれて、もう死んでも良いと思えるぐらい、幸せだった。 
 
 
それから俺と彼は晴れて“恋人”という関係になった。
二人一緒にいて、デートをして、キスをして……身体も重ねた。
彼との時間は蜂蜜のようで、男同士ということを忘れてしまうこともしばしばあった。
俺はただ、その甘い蜜に溺れていた。幸せだった。

でもそれは単なる現実逃避で。
……分かっていた。
この想いを口にした時から、終わりは見えていた。
だから……だから、その時が来るまで、溺れていたかった。青く幼い恋でも、俺は最期までしがみついていたかった。



分かってる。分かってるから。だからお願い。もうちょっとだけ、溺れさせて。



たくさん自分に言い訳をして、蜜の中に身を委ねた。




────そして三年後、俺達はその日を迎えた。










.