これの前日談&後日談 初めてあの二人を見た時、俺が感じたのは、とてつもない違和感。 何だろう。ティーカップに淹れられた紅茶のお茶請けに激辛煎餅が出て来たような、高級マンションの最上階の部屋からヘビメタが大音量で響いているような感じ(俺の残念過ぎるボキャブラリだとこれが限界)。 紳士と詐欺師。 まるで正反対の二人。 とにかく俺は、柳生先輩と仁王先輩が並ぶ姿に、何かむず痒いものを感じていた。 だが、それはすぐに終わった。二つの仲はとても良かったから。性別など関係なく、彼らは自他共に認める“親友”だった。 二人が登下校を共にしていても、昼食を二人きりで食べていても、休日に映画を見に行ったと聞いても、何の不思議もなくなった。 逆に、彼らが別行動をとっている方に違和感を感じた。 だから──仁王先輩が柳生先輩から逃げているのに気付いた時、俺の心はこれまでにない違和感に支配された。 「おや、切原さん」 昼休み。柳先輩のクラスに行く途中、柳生先輩に声を掛けられた。 「どうされました?三年生のクラス棟にいるなんて珍しいですね」 「今日、柳先輩にお昼食べながら勉強教えてもらうんス!」 「それは良いことですね。頑張って下さい」 俺に笑い掛けた後、柳生先輩の目の光が変わる。 人に何か聞きたい時に見る光。 「あのですね、切原さん」 別に柳生先輩が言わなくても、もう聞きたいことは分かってる。 『「ここに来る途中、仁王さんを見ませんでしたか?」 ──と、お前は言う』 柳先輩だったらこう言うんだろうな……と思った。 先輩の真似をすることも、やっぱり、とも言わずに、なるべく自然に悩む振りをする。 「あ、体育館の方に行くの見たっス!」 「そうでしたか。ありがとうございます」 走っていく柳生先輩を見る俺の目は、きっと暗い。 柳生先輩、知ってます? あんたが仁王先輩の居場所を俺に聞くの、これで七回目なんスよ? ……嘘ついて、ごめんなさい。 心の中で謝って、踵を返した。 「……赤菜」 「え?あ、はい!」 エアコンのきいた涼しい空間でボンヤリしていたら、肩を叩かれた。 「柳先輩……」 「図書館に来て寝ていないとは……赤菜にしては珍しいな」 振り返った先にいた先輩は、文庫本数冊を片手に不思議そうな顔をしていた。 むぅ、と膨れてみせると、柳先輩はクスリと笑い、俺の髪を撫でた。……こうして撫でてもらえる時だけ、この大嫌いなくせ毛が少し好きになれるのは内緒。 「……柳生と仁王が気になるか?」 「うぇへ!?」 思わず出た変な声に、図書館中の視線が俺に刺さる。恥ずかしくて俯くと、柳先輩が耳元で囁いた。 「俺で良ければ、話を聞こう」 二人で図書館を抜け出すと、中庭に移動した。ちょうど木陰にベンチがあったから、先輩と並んで座る。 「……俺、柳生先輩に七回も嘘ついたんス」 俯いてポソリポソリと話す俺の話を、柳先輩は黙って聞いてくれる。 「さっきも、仁王先輩が何処にいるか知らないか、って聞かれて……」 「……何故嘘をつこうと思ったんだ?いつものお前なら、すぐ顔に表れるはずだが」 「仁王先輩に……頼まれたから」 「仁王に?」 「……っス」 先週のことだ。 昼休みがもうそろそろ終わる時間になり、俺は五時間目の移動教室に向かおうとしていた。 「────赤菜っ!!」 「へ!?」 廊下を曲がった途端、近くの理科準備室に連れ込まれた。一瞬何が起きたか分からなくて、反射的に大声を出そうとしたら、案の定口を塞がれた。 むーむー言いながら何とか身体をねじると、見慣れた銀髪が目に入った。 「……すまんの」 「にお、せんぱい……」 俺と目が合うと、申し訳なさそうな表情を浮かべ、口を塞いでた手を離してくれた。 「……ちぃと黙っちょってくれんかの」 そう言って、準備室のわずかなドアの隙間から廊下を覗く先輩は、何かに怯えているようで。 俺はポカンとして、仁王先輩を見詰めていた。 しばらくして、どうしたんスか、と俺が口を開く前に、仁王先輩が言った。 「のぅ、赤菜。頼まれてくれんか?」 「は、はい……」 いきなり先輩が言うから、自分が言おうとしてたことを忘れてしまい、とりあえず頷いた。 「……これから柳生が、お前さんにウチが何処におるか聞いてくる。じゃけえ、適当に嘘ついてごまかしてほしいんじゃ」 「え……?」 先輩の言ったことも訳が分からなかったが、俺に嘘をついてほしい、と言ったことが一番訳が分からなかった。 仁王雅は嘘のプロじゃないか。 そう言おうとしたのだが……仁王先輩の顔を見たら、何も言えなくなった。 いつも飄々として、人を喰ったような笑みをたたえる先輩が、泣きそうな顔をしていたから。 俺の目の前にいるのは、ペテン師でも詐欺師でもない、一人の女生徒。 「頼む……」 眉間に皺を寄せ、唇を噛み締める先輩に、俺は頷くしか出来なかった。 それからだ。仁王先輩が柳生先輩から逃げるようになったのは。 「そうか……」 俯く俺の頭を、柳先輩は優しく撫でてくれる。 「柳さんは知ってるんですよね?仁王先輩が逃げてる理由……」 「一応……な。伊達に彼らのデータを取っている訳じゃない」 「やっぱり……」 「赤菜?」 返事が出来ない。今、口を開いたら、涙が零れそうだ。 スッ、と目の前にハンカチが差し出される。少し目線を上に上げると、柳先輩が心配そうな顔をしていた。 「すみません……」 ハンカチを受け取り、軽く目頭を押さえる。 「……俺、もう嘘つきたくないっス」 「……ああ」 それからしばらく、何も言うことが出来ず、俺はただ柳先輩のハンカチを濡らしていた。先輩も何も言わず、俺の肩を抱いていてくれた。 今日も真夏日。 陽炎が揺れていた。 かげろう 【後日談】 仁王先輩と二人で泣いた後、部活に行った(結局授業は五・六限共にサボった)。 部室に入った途端、皆が泣き腫らした赤い目の俺達に驚いて、俺らを取り囲んだ。 中でも柳生先輩は真っ先に仁王先輩の元に行った。避けられていることは分かってるはずなのに。 何があったんですか? 誰かに何かされたんですか? もの凄い剣幕で仁王先輩に尋ねる柳生先輩は、心の底から彼女が心配なようだった。 仁王先輩はしばらく俯いていたが、キッと顔を上げた。その目はとても真っ直ぐだった。 「柳生。話がある」 そう言って二人は部室を出て行った。 皆がどうしたと騒ぐ中、柳先輩の方を見ると、大丈夫だ、という風に微笑んでくれた。 しばらくして二人が戻ってきた。 今度は柳生先輩が泣いていた。 再び騒ぐ部室。 どうした柳生。 仁王にいじめられたのか。 皆がこぞって柳生先輩に尋ねたが、先輩はただ、嬉しくて、と言うだけだった。紳士の面影もなく涙を零す先輩が、とても人間くさく見えた。 その後ろに控えた仁王先輩の頬が赤いのに気付いたのは、きっと俺と柳先輩だけだろう。 「お疲れ様でしたー!」 今日も一日ハードな部活を終え、学校を出る。もう空は暗い。 「柳生、帰ろ」 「ええ」 見慣れた二人がいた。 いつもとちょっと違うのは、二人の手が繋がっていること。 「……どうしたんだ、赤菜」 「な、何でもないっス!!」 珍しくニヤニヤする柳先輩から顔を背ける。 「……良かったな」 「……っス」 柳先輩と、帰っていく二人の後ろ姿を見詰める。 ────きゅっ。 「!!」 突然右手に絡まる熱に心臓が跳ね上がる。隣には柳先輩。 柳先輩は赤い顔をしているであろう俺にはお構い無しに、スタスタ歩いていく。半ばひきずられるように、俺もついて行く。 「あの、柳先輩?」 「……さて、赤菜。俺もこれから柳生に倣ってみようと思う」 「へ?」 くるりと振り返った柳先輩の目は開いていて、 「好きだよ、赤菜」 耳元で囁くものだから、余計に顔が熱くなった。 「……お前は、仁王みたいに逃げるのか?」 分かってるくせに……。 そう意味を込めて軽く睨むと、いつもみたくクスリと笑われる。 「……俺も、好きです。柳先輩」 「……嬉しいよ、赤菜」 俺の先輩と、俺の恋が実った話。 2012.12.14 . |