太ももに頭を乗せるのに、何故“膝”枕と言うのだろう。
丁度その光景を見ながらぼんやり思った。本当にどうでもいいことだけれど。
だって、それの謎が解明されたって空は落ちてこないし、隕石は降ってこない。私の日常に何の変化も差支えもない。私が意識しなければ何も気にならない。考えるだけ時間の無駄だろう。それを言ったら「貴女って中途半端に冷めてますよね」と、愉快そうに笑いながら(私は不愉快である)以前奴は言った。
そしてその男は私の太ももに頭を預けて眠っている。現在進行形で。
穏やかな寝顔ではない。眉間にシワを寄せている。何かよくない夢でも見ているのだろう。折角の昼休みなのに気の毒だ、ざまあみろ。これでも一応彼氏なのだから、可愛い彼女のお喋りぐらい付き合えバカヤロウ。もっと青春ぽいことさせろ。膝枕だろうが太もも枕だろうが私にはどうでもいいことなのだから。

屋上にはさんさんと太陽の光が降り注いでいる。良い天気だ。

憂さ晴らしに軽く鼻をつまんでやった。不愉快そうに首を動かす。滅多に見れないその表情に悪い笑みが零れた。「うーん……」と出た声が意外にも低くて驚く……少しばかりときめいてしまった。惚れた弱みというやつか。やっぱり私はこいつが好きなのだ。
奴の寝顔をまじまじと見る。ついでに写メる。眼鏡を取ると意外にかっこいい素顔を知っている人間は、私を含めてもそういないだろう。それでいい。意外とかっこいいのがバレて他の女に乗り換えられたら困る。「柳生くんは外見が……」と女子がお茶を濁す会話は度々耳にしているから。

時計を見た。12時25分。そろそろ時間だ。

「おい、柳生。起きんしゃい」

肩を揺さぶり声を掛けると、ぼんやり薄目を開ける。流れる前髪を掬う。ブラウンの瞳がゆらゆらを私を捉えた。

「ほれ、もうこんな時間。お前さんのだーいすきなお勉強の時間じゃ」
「……別にだーいすき、というわけではありませんよ」

義務です、と言いながら柳生が起き上がる。軽く欠伸をすると、ハーフミラーコートを装備。イケメンの姿は消え、いつものダッサい柳生比呂士くんが現れる。


「……………………」


柳生が無言で私を見つめる。眼鏡が透けないから少し不気味に感じる。
そして見つめるだけじゃなく、じりじり近寄ってくる。

「え……なに……?」

むにぃ。

いきなり頬を抓られた。地味に爪を立てている。地味に痛い。

「……やゆー、いひゃい」
「さっきね、夢を見ていたんですよ」
「ほーか」
「それがすごく嫌な夢だったんですよ」
「でひょーね」

しかめっ面でしたもんね、比呂士さん。

取りあえずどんな悪夢だったかは知らないが、柳生の指を外す。あー、痛い。
わざとらしく頬をさすっていたら柳生が口を尖らせる。んべ、と舌を出したら今度はそっちを掴もうとしてきた。慌てて引っ込める。
柳生の両手が伸びる。私の腰をがっちり掴んだ。そのまま柳生は後ろへ、私は前に倒れる。
結構勢いよく倒れたせいで、鼻に奴のネクタイが直撃した。これもまた地味に痛い。抗議の意味も込めて睨み付けると、ズレた眼鏡の奥の瞳と目が合った。
奴の目が、普段あまり見ない色をしていた。

「……すごく、嫌な夢だったんです」
「へえ……どんな?」
「貴女が知らない男性と結婚する夢」

そう言うとすぐ、柳生は息を吐いた。気だるげに空を仰ぐ。

「夢とは思えないくらいリアルな夢でしたよ。周りには柳くんや丸井さんがいて、私たちは教会の外で腕を組んで歩いてくる貴女と新郎に拍手しているんです。私も拍手していたんですけどね。でも、貴女の隣が私ではないことに腹が立ちまして。何か投げてやろうと思いました」
「“思いました”……ってことは、何もせんかったってこと?」
「ええ」
「何で?」
「…………貴女が、笑っていたんですよ。すごーく、幸せそうに」

はは、と柳生は笑った。私を見ず、ただ喋る。

「ここで私が全てを台無しにしたら、きっと貴女が泣いてしまうと思って。貴女が大切にしているものを壊したくなかったんです。だから、黙って拍手して、車に乗って行ってしまうのをずっと見てました」
「……それで、ウチに起こされたと」
「はい」
「あほ」

目の前にある顔を叩いた。続いて目を見開くそいつの鼻を指で弾く。

「柳生、ウチがおまん以外の男になびくとでも思うとんの?」
「……思いません」
「ならもっと自信持て。可愛い雅ちゃんの彼氏は比呂士さんじゃろ」

ぐにぐにと柳生の頬をつまんでやる。「いひゃいれふ」と腑抜けた声で言う彼に吹き出した。私につられたのか、柳生も笑い出す。
特に何が面白いというわけではないのだけれど、しばらく二人で笑っていた。

すると、ベルの音が辺りに響いた。
お互いに顔を見合わせる。柳生が私の髪を撫でる。

「仁王さん」
「何ィ?」
「授業、サボりませんか?」
「……ええよ。付き合うちゃるき」
「ありがとうございます」

柳生の手が頬に伸びる。そしてそのままキス。唇が離れて、また笑い出す。


ああ、いい天気だ。






2014.6.5
.