パン、と乾いた音が体育館裏に響く。それからすぐ、左頬に鈍い痛みを感じた。 「生意気なんだよッ!!」 耳をつんざくような金切り声。その主は目を吊り上げ、頬を紅潮させていた。 めんどくさ……。 馬鹿らしい。アホくさい。 何故そこまで他人が気になるのか。 私が嫌いなら関わらなければいいのに……。 「……何よその目ッ!!」 けだるそうな私の視線に気付いたのか、また目の前の女子(名前が分からないのでAとしておこう)が叫ぶ。続けて他数名の女子(同様にB、Cとしよう)も同乗する。 「ちょっと可愛いからって調子乗りやがって!」 「学校のアイドルにでもなったつもり?」 「ウザいんだよ!」 「隙あらば色目使ってさ!」 「とんだ雌狐ですこと!」 「このクソビッチ!」 よくもまあ、酷い悪口が思い付くものだ。 いくら化粧して身嗜みに気をつけても、これじゃあ……。 「何がおかしいんだよ!?」 こっそり笑ったことに気付かれた。 いけないいけない……詐欺師らしからぬことをしてしまった。ポーカーフェイスが基本だというのに。 「あんたねぇ……っ!!」 「…………っ」 Aに胸倉を掴まれた。マスカラでバッチバチの目が、私を睨みつける。 「黙ってないで何か言いなさいよッ!!」 もちろん何も言わない。少し鼻で笑ってやったが。 「……っ、ふざけんなッ!!!!」 ゴッ、と腹に蹴りを入れられた。 思わずうずくまってむせる。いくら部活で鍛えてるとは言え、痛いものは痛い。 「目障りなのよ、あんた」 「二度と学校来んな」 捨て台詞を残し、去って行くA〜C……Dもいたっけ? まあいい……今日も長い一日が終わったのだ。学校の。 立ち上がって思い切り伸びをする。 「嫌な日課じゃのぅ……」 ふう、と空に向けて息を吐いた。 「またですか、仁王さん」 後ろで声がした。振り返らずとも誰なのかは分かっているが、元気良く振り向く。最高の作り笑いを張り付けて。 「何か用かの?やーぎゅ」 「そのわざとらしい笑顔止めて下さい。反吐が出る」 けだるそうにカチャリと眼鏡を指で上げるこの男──柳生比呂士は、無機質な声で私の言葉を一刀両断する。 「散々悪口言われた後の女の子に向かって酷いこと言うのぅ、柳生。紳士の名が泣くぜよ」 「詐欺師に紳士的に振る舞っても時間の無駄です。第一、貴女の方から願い下げでしょう」 「勿論。そっちのが反吐出るけぇの」 作り笑いを張り付けたまま、クックと笑ってやると、あたかも不機嫌そうに柳生が溜息をつく。 「部活の時間になってもいらっしゃらないので探していたのですが……こうも多いと、わざとなんじゃないかと疑ってしまいますね」 「んな訳あるか。誰が好き好んであげな厚化粧軍団と会話せにゃならんがか」 「貴女もお化粧してるじゃないですか」 「ウチは軽くやき。雅ちゃんは素材がええからのぅ」 「冗談は白髪だけにして下さい」 「銀髪と言いんしゃい。デリカシーが無い奴じゃの……」 「少なくとも、貴女よりは本読んでますよ」 馬鹿にしたように鼻で笑う柳生。 カチンときたが、悟られたくないのでそっぽを向いた。 「それで、今回はどんな因縁を付けられたんです?」 私が地べたに座ると、当たり前のように柳生が隣に来る。ご丁寧にハンカチを敷いて。 「ウチがこの前振った男を好きな女とその取り巻きに虐められましたー。えーんえん」 「振った男性ってどなたですか?」 私の見事な棒読みをスルーしやがって、更に質問する柳生。面倒臭いのでこっちもスルーしてやる。 「んーっと……弓道部の副部長やったかの」 「ああ……斑鳩くんですね」 「あー、そんな名前やった。カルラっぽかった」 「せめて、貴女に好意を寄せた方の名前ぐらい覚えて差し上げたらいかがです?」 「どうせ気まぐれで告白してきおった奴じゃ。名前覚えるくらいなら、徳川十五代将軍覚えた方がよか」 「学生としては大変模範的ですが、人間としては最低ですね」 ニコリともせず言うこいつを殴りたくなった。 好き勝手言いやがって……。 「んじゃ、ウチからも質問。今回はどこから見とったん?」 「貴女が呼び出されたくらいですね」 「何じゃ、殴られるとこ見とったがか……性格悪」 「貴女に言われたくありませんね。それに、女性同士の惚れた腫れたの問題に、男が首を突っ込むものではないことぐらい心得てますよ」 「ただ面倒臭かっただけじゃろが」 「そうとも言いますね」 悪びれることもなくサラリと言ってのける柳生に舌打ちする。 ……何故私はこいつと仲良くダブルスなど組んでいるのだろう(答え:幸村の命令)。 「……仁王さん」 「何?ウチ、柳生のせいで余計機嫌悪なったんに、話し掛けん……」 「今回は、どうします?」 ……またスルーしやがって…………。 「言わんでも分かっとるじゃろ。肩貸しんしゃい」 「ええ、お好きなだけどうぞ」 奴がそう言った途端、ボスンとその肩に顔を埋める。 「……すまんの」 「いえ、いつものことですから」 そう言って私の髪を撫でる。 まるで、壊れ物を扱うように、優しく。 普段のこいつとのやり取りの中で、この時だけ、柳生が優しくなる。 ……口が裂けても絶対言わないが。 そろそろ部活に行かないと、真田に殴られるだろう。柳に笑われるだろう。赤也に心配されるだろう。 でも──もう少し、このままでいたい。 fragile (お代はそうですね……今日スターバックスでコーヒーが飲みたいです。貴女の奢りで) (……やっぱり最低) 『捻くれた彼のセリフ』 確かに恋だった様より 2012.12.21 . |