※柳生→仁王♀→丸井 昼休み。 普段使うことのない階段を上る。『立入禁止』のプレートが掛かったチェーンを跨ぎ、その先の扉を開けた。 屋上は風が強い。ヒュウ、と私の前髪を掬う。強い風に煽られながら、扉の横の梯子に足を掛けた。雨やら雪やらで錆びに錆びまくったそれがギシギシ鳴った。 「仁王さん」 上った先の給水塔の裏に、彼女はいた。 膝を伸ばして座っている。タンクにもたれ、隣の校舎を見ていた。 「……何の用じゃ、柳生」 私を一瞥した彼女が溜息をついた。彼女の銀髪も私の前髪同様、風に煽られボサボサだ。それをクスリと笑うと、鋭い琥珀色が私を睨みつける。 それには構わず、私はとあるものを指差す。 「まだ渡せてないんですね、それ」 「……うるさい」 そっぽを向く彼女の膝の上には、小さい紙袋。ペパーミントグリーンのリボンが可愛らしい。隣に座ると、フワリとチョコレートが香った。 今日は2月14日──世間で言うバレンタインデーだ。 彼女が見つめる先は、B組の教室。窓にもたれる赤髪の“彼”に、その視線は注がれる。 「ここからだと、よく見えますね」 「…………」 「昼休みなんて絶好のチャンスだと思うんですけど。渡さないんですか?」 「……仮にも詐欺師ぜよ。他人に見られとうない」 「今日は部活がありませんからね……渡せるタイミングも限られてますよ?」 「……そんぐらい、分かっちゅう」 ギュウ、と彼女がスカートを握り締めた。 彼は人気者だから不安なのだろう。 いつまでも友達のままではいたくない、一歩進みたい……。 彼女の思いが手に取るように分かる。 ……そんなもの、杞憂だというのに。 二日程前のことだ。 『ヒロシってさ、仁王からチョコ貰ったことある?バレンタインに』 『いえ。ありませんけど……』 『そっかー……ヒロシでもねぇのか……』 『どうされたんです?急にそんなこと……』 『いや、友チョコでも良いから、仁王から何か欲しいなーって』 『…………』 『でもダブルス組んでるお前でも貰ったことねぇんなら、俺は望み薄だなーって……そんだけ』 『丸井くん……』 『情けねぇよな、俺』 そう言って苦笑いした彼を思い出した。 「……丸井くんには、想いを寄せている方がいるそうです」 私が言うと、バッと彼女がこちらを見た。きっと泣きそうな顔をしているのだろう……そんな顔をさせたい訳じゃないのに。 「……ですから、駄目元で当たって砕けに行ったらいかがです?」 「ぇ…………」 「渡せずに後悔するのも嫌でしょう?」 「やぎゅう……」 つくづく今日は風が強くて良かったと思う。乱れた前髪で表情が隠れて助かる。きっと私の顔は酷く歪んでいるから。 彼女の顔は見ない。そのかわりに、精一杯の強がりを。 「渡せなかったら、私が貰って差し上げますよ」 「……ありがと」 彼女の白い指が、リボンを撫でた。 ────チクリとした胸の痛みには、気付かないふりをした。 「放課後、渡して来るけん」 「せいぜい頑張って下さい」 「おん……がんばる」 チラリと盗み見た彼女は、嬉しそうに微笑んでいた。 それを見て、「これで良いんだ」という自分と、「馬鹿野郎」という自分がいた。 彼女の幸せを願うと同時に、不幸も願う。 とっても苦い 2013.2.7 . |