昇降口で靴を履き替え、外に出る。 「さむ……」 頬を掠めた風が冷たくて、マフラーを鼻まで上げた。 既に陽は沈んでいて、空にはオリオン座が昇っていた。 ────グッ。 不意に腕を掴まれる。驚いてそちらを見れば、見慣れた七三眼鏡。 「やぎゅう……」 「遅いです。この寒い中どれだけ待たせるつもりなんですか?」 ニコリともせず言ってのける柳生をぶん殴りたくなった。切実に。 「……誰も待っとってなんて言うとらんじゃろ」 「そういう訳にはいきません。もう暗いですし、夜道の女性の独り歩きは危ないですよ」 仕方ないので送って差し上げます。 そう言って、柳生が私の手を引いて歩き出す。 「え……ちょ、柳生!?」 「貴女に拒否権はありません」 「とんでもない暴君じゃの!」 こいつの私に対する優しさの基準は何なんだろう。 ぐるぐる考える私などお構いなしに、柳生はスタスタ歩いて行く。私の手を握ったままで。 時折振り返る柳生と目が合う。その度に、必死について行こうとしている私をクスリと笑う。ムッとしてそっぽを向いてやると、繋がる手の力が強くなった。 家の前まで送ってもらった時には、もう7時を過ぎていた。 「えと……送ってくれて、ありがと」 これくらいは普通だ……と自分に言い聞かせ、柳生に頭を下げる。ちなみにかなり屈辱だ。 「へぇ……貴女が頭を下げる所が見れるとは、来年は良い年になりそうですね」 「前言撤回。頭打って死ね似非紳士」 「おやおや……素直じゃないですねぇ」 クスクス笑う柳生。 何だか子供扱いされているようで恥ずかしくなった。 「〜〜〜〜っ、じゃあのっ!!」 「あ……仁王さん」 家に入ろうとしたら、柳生に腕を引かれた。 睨みつけてやろうと振り返ると……柳生が何やら真面目な顔をしていて。 「……何?」 「えっとですね…………」 柳生がどもる。 珍しいこともあるものだ、と見ていたら、柳生の手が私の両手を包んだ。 「…………???」 「仁王さん、」 再び名前を呼ばれる。 「な、何……?」 「……明日、年明けを一緒に過ごしてもらえませんか?」 恐る恐る、という風に言う柳生。その頬が紅潮しているのは……………………きっと寒いせいだ。 「あの、時間が時間ですし、無理に、とは言いませんが…………」 「…………ええよ」 ポソリと私が零すと、柳生がすごく嬉しそうに笑う。 「あ、ありがとうございます……」 「お、おん……」 柳生がやけに素直で、何かやりづらい。 「……別にウチ暇じゃけぇ、柳生に付き合ったっても構わん」 「相手がいないと素直に言いなさい」 「やかましい!それはおまんも一緒じゃろ!」 「そういうことにしておきましょう」 さっきまでの素直な柳生比呂士は何処へ行ったのか。また捻くれ柳生さんに逆戻りである。 「では、詳しいことは後ほど連絡します」 「…………おん」 「フフ……おやすみなさい」 「ん……おやすみ」 柳生に手を振って別れた。その姿が見えなくなった後も、しばらく立っていた。 “……明日、年明けを一緒に過ごしてもらえませんか?” 柳生の言葉が脳裏に蘇った。 「……………………」 きっと、私の頬は緩みきってる。 「…………よし、」 家に帰ったら、真っ先にクローゼットを開けよう。 さて、どんな格好をしてってやろうか。 来年も、君と。 2012.12.28 . |