「今朝。白い紫陽花を見た」
しとしとと霧雨の降る午後、ぽつりと元就は呟いた。その声に身体を起こすのは、目を閉じて横になっていた西海の鬼、長曾我部元親。ふわあと大きく欠伸をした顔は、何ともまぬけに見える。
「へえ、珍しいじゃねえか」
元親は濡れている庭に目をやった。そこには青と紫の紫陽花が綺麗に並んでいる。元就の屋敷は、季節により咲き誇る花が変わる。見事なものだと思うが、まさかこの男に花を愛でる趣味があったとは、と元親は庭を見る度に小さく笑っていた。
「…ねえじゃねえかよ」
「何がだ」
「白い、紫陽花」
青、紫、赤紫。しかし白はない。元就が今朝見たという白い紫陽花は間違いなくこの庭のものの筈だ。何故なら昨夜から二人はここにいるのだから。
細く冷たい指が、元親の瞼をなぞる。普段は隠された傷の走る瞼。
「摘み取ってしまったわ」
「何でだよ」
「稀有な物だったのでな」
元就の言葉に、元親は顔をしかめた。重なったのだ。摘み取られてしまった白い紫陽花と、自分が。
元親は昔、一人だった。稀有な髪色。目の色。男のくせに華奢な身体。姫若子と揶揄され、目立つ容姿とは裏腹に誰にも相手にされなかった幼き頃。皆と同じになりたいと、強く願っていた幼き頃。
そんな自分と、目立ってしまった故に摘み取られてしまった白い紫陽花が、重なったのだ。
「アンタも、稀有な物は目障りにするのかい」
「馬鹿か。稀有な物だからこそ、愛でるのよ」
笑った、と思った瞬間、元親の視界は急転した。押し倒された。そう思う時には首筋に舌の這う感覚が走った。くつくつと、元就の笑う音がする。
「貴様と同じようにな」
顔を傾け、右側を向く。そこには、大事に大事に飾られた白い紫陽花が笑っていた。
白紫陽花(寛容)