「幸村様、俺は忍びです。忍びは主の影。闇の世界で生きる物です」

男にしては大きな目が、悲しそうに俺の顔を見つめる。悲しいとか、一番わからない感情だ。こんな顔が出来るのは、まだ人を殺めたことがないからだろう。年は然程変わらないと聞いた。それなのに、違うことのほうが多いとは、不思議なものだ。

「俺のことは、道具として扱ってください。俺はあなたが奮う槍と同じ物です」

武田に仕えることになった俺は、総大将である信玄公に言われた。真田の為にその力を使ってくれと。そうして俺の主は信玄公ではなく真田家の跡取りである幸村様となった。幸村様は武田に仕える身だから、信玄公が主であることに変わりはないのだが。

信玄公も、幸村様も、今まで俺が関わってきた人間と何かが違う。ちゃんと人に見えるのだ。温かいのだ。理由はよく、わからないが。

特に幸村様は、俺に対して家臣という壁を作らず、まるで親しい友のように接してくるのだ。団子を一緒に食べようだの、稽古の相手になってくれだの、一緒に月見をしないか、だの。
正直、どうしていいかわからない。
主と忍び。そこにある繋がりは使役するかされるかしかいらないのに。

「ですから俺に構わないでください。これきしの傷、どうってこと」
「駄目だ!」

ばさばさ、と鳥が飛び立つ音がした。一気に静かになる辺り。悲しみではなく、怒りを秘めた顔が俺の目の前に一つ。
任務中に負った傷ではなく、何故か
胸の辺りがちくりと痛んだ。

「お前は、道具でも、物でもない」

大きな目から涙が零れた。どうしてこの人は泣いているんだろう。俺は無意識のうちに手を伸ばし、その涙に触れた。温かい。知らない。胸の辺りが痛い。

「泣かないでください、幸村様」
「佐助、傷の手当てに行くぞ。お前は、俺にとって大事な人だ。物だとか、槍と同じだとか、そんなこと二度と言うな。これは、命令だ」

細い肩を震わせながら初めての命令をする主。ぐい、と強く涙を拭ったと思ったら、今度は凛々しい瞳で俺を見つめてきた。本当に、表情豊かな人だ。

「蒼き空の下を駆けよ、佐助!」
「…?」
「闇の世界で生きるな。お前は俺と共に天の下、日の光を浴びて生きるのだ。お前は、蒼天疾駆の忍びになるのだ!」

忍びに対して明るみに出ろなど、何てことだ。それに、気づいていないのか、この人は。

(貴方のその笑顔が)
(何よりも眩しい光なのに)





光の側で生きる影





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