「幸村の髪って、柔らかいね」
「そうでござるか?」
「うん。触ってて気持ちいい」
普段一つに纏められた髪は、今はらはらと解かれ細い背中に広がっている。その髪を慶次は丁寧に、引っかかることのないよう櫛で梳かす。そして時々その髪を撫でると、ふふ、と小さな笑い声がした。
「某、頭を撫でられるの…好きでござる」
「そうなの?」
「恥ずかしながら。頭を撫でられると…落ち着くのだ」
頬を桃色に染め、照れながら笑う幸村。普段はその手に槍を持ち、鬼の形相を浮かべながら数多の兵を殺めているというのに。女子ながら戦乱の世に身を置いてしまったのは家督を継げる者が幸村しかいなかったからだという。その話を聞いて慶次は、こんな世に生まれなかったら幸せな恋の一つや二つしていたかもしれないのに、と思った。
(誰も、この子を守れないから、この子が戦わなくちゃいけないんだ)
「…慶次殿」
「! な、何?」
「慶次殿は、いつも自分でその髪を?」
ぱちぱちと長い睫毛が瞬く。その奥にはきらきらと輝く大きな瞳。最初は妹のようにしか見えていなかったのになあ、と慶次は苦笑した。
「そうだよ」
「おお…凄いでござる。某、上手く髪を結えなくて」
「…結ってあげるよ」
「おお! 感謝致す!」
柔らかく広がる毛を一つに纏める。無造作に伸ばされた髪も、こうして手を加えてあげれば美しく纏められていく。何もそれは髪だけの話ではない。きっと、彼女だって。
「…はい、どーぞ」
「? …櫛?」
「それ、あげる。使ってみな」
「おお! 忝い!」
いつも通り一つに纏められた髪を揺らしながら笑う幸村。きっとこの笑顔は、わかっていないだろう。渡された櫛に込められた意味を。
「幸村、あんたが上手く髪を纏められるようになったら、それ返して」
「あいわかった!」
(その時には、戦も終わっているだろう)
(あんたが髪を結うことに集中出来る時には、ね)
その時が来たら、もっと綺麗な櫛をあげよう。そして伝えるのだ。櫛に込められた、秘めたる想いを。
苦死を共に、いつか