温かい風に乗って靡くのは、絹のような、はたまた綿のような銀髪。
「不思議に思う」
「…は?」
「貴様のようながさつな女が、きちんと髪を伸ばしていることが」
ばし、と力強く背中を叩かれた。まったく、女らしさの欠片もない鬼姫め。そう思い睨みをきかせると、向こうも負けじと睨んできた。青い隻眼がつり上がり、眉間には深い皺。
「別にいいだろ、髪くらい伸ばしてたって」
「…まあ、悪くはないが」
「海の夜風は寒いだろ。でも、髪が長いと温かいからよう」
(…そのような理由でか…)
古来から髪が長いということは美人の条件とされている。戦姫とはいえ一応奴も女だ。それを知って髪を伸ばしているのかと思いきや、そうではなかったらしい。
言われてみればその髪はきちんと手入れをされている様子は見受けられない。手を伸ばし、ふわりと靡いていた髪を一束掴むと、つり上がっていた瞳が丸くなった。
「な、何だよ?」
「一応女なのだから、髪を梳かすくらいしたらどうだ」
「し、してらあ! …けど、割れちまったんだよ。使ってた櫛…」
母の形見だったのに、と呟く姿はいつもの豪快な鬼姫と違い、普通のしとやかな姫に見えた。
懐から小さな櫛を取り出す。牡丹の描かれた小さな櫛。それをそっと、白い手に乗せた。
「…え?」
「貴様にやろう。我には必要のないものだからな」
「…何で持ってるんだよ、櫛」
「馬鹿め。男なら、来たるべき時を逃さぬ為に常に持っておるわ」
どうやらこの女は、男が女に櫛を授ける意味を知らないらしい。一体どれだけ教養に対する知識を持ち合わせていないのか、この女は。
そんな女に心惹かれた己も、中々に阿呆だが。
(貴様がこの櫛に込められた意味を知る時)
(一体どんな顔をするのであろうな)
願わくば、その頬が牡丹のように赤く染まってくれることを希う。
苦死を共に、分かち合いたい