世界を遮断出来るから、わたしは今日も耳を塞ぐ。好きなアーティストの奏でる音楽は、わたしに余計なことを考える余裕をなくしてくれる。
恋の歌。夢の歌。今日は、恋の歌がいい。
「そんな大きな音で聞いていると、耳を悪くするぞ」
イヤフォンをそっと外され、わたしの世界はこじ開けられた。プレイヤーの電源を落とし、前を向く。
「ねえさま」
「私まで聞こえてきたぞ」
「…だって、うるさいんですもの」
物心ついた時から、わたしは他人の思考が読み取れた。はっきりとわかる訳ではないけれど、ざわめきのように聞こえてくる。
わたしはそれが嫌で、いつも耳を塞いでいた。音楽を聞いていれば何も聞こえなくなる。そう思って、わたしは耳を塞いでいる。
「そうだ、ねえさま。今日不思議な人がいたんです」
「不思議な人?」
「ねえさまと同じで、思考が読み取れない人が。ふふ、しかもかっこよかったんです!」
「…どんな人だ?」
全ての人の思考が読み取れる訳ではない。今わたしの目の前にいるねえさまの思考はわからない。わたしは、思考が読み取れない人が好きだ。
だから、今日見かけた思考の読めないあの人も、きっと触れ合ったら好きになる。
「どんな、ですか…。うーん。綺麗で、華奢な男の人です。頭が良さそうでした!」
「…そうか。姫、その男には近づくな」
「え? どうしてですか…?」
ねえさまが悲しそうな顔をした。時々、ねえさまはわたしを見てとても悲しそうな顔をする。何故かわからないけれど、その時のねえさまはわたしではない誰かを見ているような、気がする。
「私の勘が正しければ、その男はお前に不幸をもたらす」
あの時のように。
そう呟いたねえさまの、思考が一瞬だけ読み取れた。
(広い広い海に沈む、銀色)
(泣いているのは、わたし?)
あの日の記憶