日ノ本が戦火に包まれた時代はもう終わった。槍を、刀を握る必要はもうない。これからは人々が笑ってすごせる世が来る。
だが、戦乱の世に生きた人々が失ったものはあまりに多すぎた。
「慶次さん! お久しぶりっす!」
「ああ、元気に…してた訳、ないよな…」
戦いを嫌い、恋に生きる俺でも一応戦乱の世に生きた。得たものなんてこれっぽっちで、失ったものの方が圧倒的に多い。しかもそのどれもが、もう二度と手にすることの出来ないものだらけだ。
「元親に、会ってもいいかな」
日ノ本を掌握しようとしていた秀吉を討った家康は、秀吉の家臣だった石田三成に討たれた。その後すぐに、石田は死んでしまった。
奥州の独眼竜も、武田の若虎も、皆関ヶ原の戦いで死んでしまった。生き残った有力武将は、ただ二人。
俺はもう、これ以上友達を失いたくない。そう思い、海を渡ってきた。
「元親、久しぶり」
「…慶次? おお、慶次じゃねえか!」
生き残ったのは西海の鬼と中国の覇者。どちらかが日ノ本を治めなければ泰平の世は訪れない。誰もがそう言った。
天下人となったのは、中国の覇者毛利元就だった。西海の鬼、長曾我部元親はもう、戦うことすら出来なかったのだ。
「元気にしてたかい?」
「まあな」
青白い顔が嘘だと告げている。俺はぐっと悔しさを殺した。
関ヶ原の戦いで元親も多くの大切なものを失った。俺は全ての真実を知っているのに、何もしてやれなかった。だから、これ以上元親が苦しい思いをしないように、俺はここに来た。
「悪いな。一緒に海でも見てえが、どうも身体が重くてな」
重いという身体は以前と比べて明らかに細い。見ていて痛々しい程に。
そっと腕を伸ばし、痩せた身体を抱きしめる。熱いはずの体温はとても冷たかった。
「…慶次?」
「こんな所にこもってちゃ、身体に毒だよ。なあ元親。加賀に来ないか?」
「加賀に…」
「ああ。俺、ずっと側にいるからさ。これ以上友達が苦しんでる所、見たくないんだ」
「…友達…」
もう失うのは沢山だ。なあ元親。あんたは俺の前から消えないでくれ。もう一度一緒に笑おうよ。あの日みたいに輝く海を、二人で渡ろう。夜空にきらめく花火を見よう。
「…なら…」
「…元親?」
「友達なら、殺してくれよ!」
「もう耐えられねえんだ! 毎日毎日夢の中にあいつが、家康が出てくるんだ、どうしてだって俺を殺しにくる! 俺はあいつに謝りにいかなきゃならねえ。俺はあいつに、家康に! なあ慶次、家康に会わせてくれ、殺してくれ、なあ、なあ、殺してくれよ…!」
けたたましい声で叫んだ後、ぐるんと視界を回し、俺の腕の中で元親は意識を飛ばした。とっさに脈を確認する。よかった、生きている。
どうして家康に謝りたいんだ。家康が四国を壊滅させたと、そう思っているんじゃないのか。
「元親、まさか…」
「まったく、憐れな鬼よ」
冷たい声色に振り向く。感情の見えない端正な顔が俺達を見ていた。いつからだ。いつからいた。元親から全てのものを奪った張本人め!
「貴様もそんな顔が出来るのだな。どうする。天下人である我を殺すか?」
くつくつと響く静かな笑い声。口の中に、血の味が広がった。
息の根を止める三秒前