「わたしにはわかります。あなたが寂しくて仕方のない事くらい」
「だからどうした」
「まあ、否定はしないのですね」

今わたしの目の前にいる人はあの日から時が止まってしまったように見えます。わたしの背はぐんと伸び、胸は膨らみ、唇は艶めいたというのに、この人の見目は何一つ変わりません。皺も増えず、声も枯れず、何もかもあの日のまま。

「そういう貴様も、随分としおらしくなったものだな」
「しおらしいだなんて、失礼です。大人になったと言ってください」
「寂しいのだろう。忍も八咫烏も死んでしまってな」

もう何年も前のあの日。関ヶ原の地で起こった天下分け目の大戦。わたしは多くの大切な人を失いました。今でもはっきりと思い出せます。わたしを庇って死んでいった孫市ねえさま。最期まで名を聞く事が出来ずに死んでしまった宵闇の羽根の方。眠るように死んだ家康さんの前で泣き崩れていた三成さん。

関ヶ原の戦が終わって間もなく、三成さんは死んでしまいました。後を追うように大谷さんも死んでしまいました。それから日ノ本を手にしたのは、今わたしの目の前にいる、毛利さんです。

「後悔をしていないと言ったら嘘になります。社から出ず、何も知らないまま生きていたらこんな寂しい思いをせずに済んだのでは、と」

生き延びた代償に、わたしの左手は動きません。あの日負った傷のせいで。
毛利さんも、左側の世界を失っています。美しい顔に走る一本線は永遠に消える事はないでしょう。

「でも、今でもわたしの中で皆様は生きています」
「フン、戯言を」
「貴方の心の中にも、一人だけ。今も生きている人がいるでしょう?」

変わらないと思っていた暗い瞳に、ぎらりと一瞬だけ感情が宿りました。

「あなたが殺めた鬼神が一人」
「やはり貴様、口から産まれたか」
「ずっと聞きたいと思っていました。どうして、あの人を殺したのですか?」

同じように左目を失ったのは、あの人と同じように世界を見たいと思ったからなのでしょうか。だとしたら何て愚かなのでしょう。
冷たい一つ目が、わたしを睨みます。雄大な海のようだったあの人の目とは、似ても似つきません。

「今更そんな事を知ってどうする」
「わたしも、あの人をわたしの中で生かしたいのです。あの人の最期がどんなものだったのかを、ちゃんと知ってから」
「ならば尚更、教える訳にはいかぬな」

ぎらり。先程一瞬だけ見えた感情が、大きく揺れ宿りました。
独占、という重たく悲しい感情が。

「…本当に、虫の好かぬ男よ」

あなたも、わたしも。この寂しさに耐えきれなくなった時は、愛する海に抱かれるように死んでいくのでしょう。その先に待っていてくれるのは、この心の中で生きる人達なのでしょうか。

(もしも、そうだとするならば)
(わたしはこの人の心に住む鬼を奪ってはいけない)




心中宝物




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