「花は自分で咲く場所を選べないけど、どんな場所でも綺麗に咲くよね」
庭中に咲く花を見ながら前田は呟いた。この男は、下手をしたら女より繊細な感性を持っているように感じる。女々しい、と言うのか。いや、それとは少し違うような気がする。
ぱちん。ぱちん。私は雑草や無駄に伸びた蔓を切っている。この花の手入れを初めて、もう何年になるのだろう。
「…綺麗だよ」
ぱちん。ぱちん。あと少しで今日の手入れが終わる。私の一日は水やりから始まり、手入れで終わる。この花を軸に、私の一日は回転している。それでいい。それでいいのだ。
私に残されたものはこれしかないから。
「でもさ」
ぱちん。これで最後の蔓だ。一息つき、立ち上がろうとしたらくらりと一瞬よろめいた。前田の腕が、私の身体を支えた。
「あんたがこんな弱って出来たものなら、俺は見たくないな」
「弱ってなどいない、私は元気だ」
「嘘は嫌いなんじゃないの?」
「嘘ではない!」
逃げようとしたが、手首を強く掴まれていて出来なかった。痛い。どうしてこんなに痛いのだ。痛みには、慣れている筈なのに。
「こんなに痩せちゃってさ」
「離せ!」
「吸い取られてるんじゃないの、こいつらに」
白と紫の鉄線。私が懸命に守る花。この花に生気を吸い取られているというのなら本望だ。この花はあのお方達の最後の贈り物。今やこの花は、私の全てなのだ。鉄線が生き、私が死ぬのなら、それはそれでいい。理解など、得たいとは思っていない。
「貴様に何がわかる! 私にはもうこれしかない、何故私に関わろうとする!」
「見ていて辛いんだよ! 思い出に縛られて、動けないあんたを見ているのは!」
雨だ。雨が降ってきた。しかし濡れていくのは頬だけ。不思議な雨だ。音も聞こえない。
前田の大きな掌が、私の両頬を包んだ。
「今のあんたは花だ。与えられた場所でしか生きられない花だ」
「だけど、あんたは花じゃない。人だ。人は、自分で生きる場所を探さなきゃいけない」
「なあ、もう、やめにしないか?」
俺が側にいるから。
そう呟いた前田は、みっともない顔で泣いていた。
(嘘つきは嫌いだ)
(お前だって、縛られているくせに)
鉄線花(縛りつける)