よくもまあ、あんな面積の狭い場所に花やら蝶やらを美しく描けるものだ、と思う。

(…物凄い集中力だな)

最後に時計を見たのは午後八時。現在は午後十時。二時間、彼女は足の爪達と睨み合っている。部屋中に漂うのはつんとしたマニキュアの匂い。最初は気分を悪くしたが、今ではすっかり慣れてしまった。

黄色の花を小さな爪に描いていく彼女。手先が器用だという事は知っていたが、まさかここまでだったとは。
しかし、足の爪まで着飾らねばならぬのかと思うと、女という生き物は実に大変だと思う。

「長曾我部」

名前を呼んでも返事は返ってこない。普段は隠されている左目も今は大きく見開かれ、真剣な色を浮かべている。
後ろから覗き込むと、残された爪はあと二つ。

「向日葵か」
「んー」
「器用だな」
「んーん」
「…元親」

無防備にさらけ出されたうなじをなぞると、柔らかなカーブを描いている肩がびくりと跳ねた。

「なんっだよ馬鹿っ! 邪魔すんなよっ!」
「何時間も放っておかれている我の身にもなれ」
「あと二つだからもーちょっとだけ待って、お願い。まじで」
「…嫌だ」

甘い香水の香りが、一気に思考を溶かしていく。この女はあまりにも、魅力的すぎるのだ。

「何だよ、盛ってんのか?」
「そなたが悪い」
「…ばーか」

赤くなる頬は何とも可愛らしい。
溢れぬようにマニキュアの蓋を閉めると、どうやら彼女も観念したようだ。こちらを向いた顔には、呆れたような、それでいて恥ずかしそうな笑みが浮かんでいる。漸く向けられた笑顔に、口角は自然と緩んでいた。

「仕方ねえなあ、甘えたさんよお」

白い首筋に口づけをする。熱を帯びた彼女の、長い睫毛がふるりと揺れた。



甘えたさん




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