組み敷かれた腕の強さと逃れようの無い状況に涙さえも出ずに強いられるであろう苦痛に恐れを抱き静かに震えた。何故その日、承太郎は珍しくも体調不良等起こして学校を休みにしていたのだろう。何故、僕はあの時間にあの場所へ行かなければならなかったのだろう。何故、なぜ…その問答はいくら胸中で繰り返しても何の解決にもなりはしなかった。




日本人ではないが故の天然の金髪と異様な程妖艶な目付きをした同級生のディオは他の生徒とは違う雰囲気を放っていた。それがどう違うのかは上手く形容出来ない。ブロンドは美しく喋る声は低温で心地よく耳に響く。なんとなく僕はこの男が苦手だった。成績優秀で運動神経も抜群で非の打ち所がない優等生。完璧過ぎて気味が悪いと常々思っていた。

そうしてある日突然それは起こった。

先生に頼まれて図書室へと赴いた時の事だった。偶然にも苦手な彼が図書室の奥へと陣取り分厚そうな洋書を立ち読みしているのを見つけた。あまり話し掛けたくないと思っていたのに、鍵を閉めなければならないから話し掛けなければならない。意を決して近付くとちらりとディオの視線が動き僕の方を見た。

「もうここ閉めないといけないんだ、読んでる途中悪いけど」

努めて穏やかにそう伝えた。ディオが怒ったところを見たことはないけれど、なんとなく神経を逆撫でしたくないタイプだと感じていた。ディオは僕の言葉を聞いてそうかと一言そう言って、パタンと持っていた洋書を閉じ元の場所へと戻した。スタスタ、と目の前を横切っていく後ろ姿を見送っていると不意に名前を呼ばれた。その声の響きがいやに甘く聞こえた。

「お前は俺が苦手なんだろう?」

扉の前で振り返って唐突にそんな事を言い出すから吃驚してしまう。早くこの場所から逃げ出してしまいたい、そんな空気になる。図書室の鍵を閉めて、職員室に鍵を返して承太郎に今日の授業のノートを届けに行くんだ。早く、帰って。雨が降るって天気予報で言っていたから、雨が降る前に下校して、ノートを…。じっとりと見つめてくる視線から目を逸らし、そんな事はないよと無理やりに笑みを作り伝えた。

「そしてお前は承太郎が好きなんだろう、違うか?」

「……そんな事は君には関係のない事の筈だ」

そう俯きながら言い返した時にかちゃ、と鍵の閉まる音がしてはっとする。ディオが内側から鍵を閉めたのだ。他に誰もこの空間には人はいない。一気に閉塞感を増した空気にじりりと変な汗がこめかみを伝い手汗が滲む。ディオがこちらに近付いてくる。思わず後退りをすると、自分の靴が図書室のテーブルの足に当たった。それ以上後ろへは行けない。そう悟った瞬間にディオはまるで赤子の手を捻るような簡単な動作で僕をテーブルへと押し付け身動きを取れなくさせた。

「……この俺がこんなにも目をかけてやってるのにそんなに怖がる事はない。そう青い顔をするな」

何のことを言ってるのか分からない。ただ、抗えないであろう強固な力を感じて身がすくむ。目をかけていた、なんて数える程しか会話をしていないのに。精一杯睨み返してもそれは何の威嚇にもならないらしく、容易く唇を奪われて悔し涙が零れ落ちた。これから何が起こるのかは考える迄もなく予想が着く。

ーーー嫌だ。承太郎のいる場所へ行きたい、承太郎に会いたい、鍵を閉められ密室になってしまった此処は怖い。学ランのボタンへと手が掛けられた時に必死に頭を働かせた。

「………ディオ」

恐怖を噛み殺し、吐き気を押さえ込んで出来るだけ甘い声を出してディオの名前を呼んだ。既に首元まではだけさせられたブラウスを剥がす手が一瞬止まる。妖艶さをたたえた瞳が真っ直ぐにこちらへ向けられた。ディオの首にゆっくりと腕を回しこちらから出来るだけねちっこく口付けた。どうか、指先が嫌悪で僅かに震えていることに相手が気付きませんように。やがて舌がぬるりと押し入ってくるその瞬間を逃さずディオの唇に歯を立てた。


「………ッ!!!」


ぽたぽた、とディオの唇から鮮血が零れ落ち、流石に驚いたように身を引いた。その隙にディオの身体の隣をすり抜けて全速力で逃げる。ああ、こんなに走ったのは久しぶりかもしれない。図書室に置いてきてしまった鍵の事はもうどうでも良くて、そのまま校門を抜けて承太郎の家へと向かった。小雨が降り始めてポツポツと髪や肩を叩いて落ちる。承太郎の家に着く頃には結構な降り方へと変わってしまっていた。

インターホンを押して暫く待つと、玄関の扉を開けて出てきたのはホリィさんだった。

「あらぁ!傘忘れちゃったのねぇ?」

心配そうな声を上げて慌てたように屋内へ走って行って、またすぐに戻って来て僕の肩にタオルをかけてくれた。いつでも明るくて優しい、ホリィさんはとても好きだ。話をするだけで安心する。だけど今は早く承太郎に会いたかった、無性に。授業のノートを届けに来ましたと伝えたら、どうぞ上がってと朗らかに言って承太郎の部屋へと案内された。

「……花京院か?風邪が移るから側に寄るな」


珍しく本当に具合が悪そうな承太郎が、熱があるのか額に冷えピタが貼られていた。あんまり見た事のない光景に、先程まで恐怖に震えていた事を忘れて破顔する。

「雨に濡れてんじゃねェか、大丈夫か」

「ふふ、傘忘れたんだよ。これ、ノート」

承太郎の声を聞くと落ち着く。何もかもがもう大丈夫なんだと思わせてくれる。良かった。これでもう、怖い事なんて吹き飛んだ。ノートだけを手渡して帰ろうとしたらぱしりと腕を掴まれた。

「……服どうしたんだ」

そう問われ射るような視線にギクっとして思わず固まる。おかしいな。今迄通り振舞った筈だ。何も変な事は言わなかった。焦っていると更に腕を引っ張られ部屋の中へと強引に招き入れられた。…さっき、僕に側に寄るなと言わなかったかい?しっかりと僕の腕を掴んで、言ってる事とやってる事が違うじゃないか。

「襟元が乱れてるのあんまり見ないな。なんかあったか?」

「……雨に濡れて気持ち悪かったから自分で着崩したんだよ。そんなに言及する事かい?」

言いたくない。承太郎以外の男に組み伏せられて襲われそうになっただなんて口にしたくない。自分の身も自分で守れないのかと呆れられてしまうだろうから。

「承太郎、怖い顔するのやめてくれないか。…気分が滅入る」

承太郎の白い寝巻きの服の袖を掴み困惑してる表情を見上げた。すごく怖かったんだ。だから、普通に優しくして何も聞かないで欲しい。やがて根負けしたように承太郎は深く溜息をついてみせた。

「何もないならそれで構わないが」

「……熱下がらないのかい?」

「もう大分下がっている」

ベッド座った承太郎はそう言ってぺりっと額の冷えピタを剥がしゴミ箱へと捨てた。なんとなしに隣に座ると不意に押し倒されて唇が重なった。擽ったくなるぐらいに何度も啄ばまれて思わず笑ってしまう。先程の怖い記憶を塗り替えるように何度も触れ合う温度に酔いしれる。大丈夫、もう大丈夫だ。

「ん、……。承太郎、風邪が移ったら君の所為だよ?」

「……許せ」

「しょうがないなぁ」

キスをしたり肌を重ねるのは承太郎だけでいい。他の温度は何もいらない。















2015.5.26

もっとえげつない展開にしようか迷ったんですが、承花には幸せになって欲しいのでついぬるくなります。










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