「口の端が切れてる」

花京院はそう言って俺の口元にハンカチを押し付けた。高校生の枠組みの中で目立つ容貌なのはよく自覚していた。その所為で詰まらない喧嘩を売られる事も多々ある。面倒に感じるから大抵は適当にあしらってスルーするんだが今回はそうは行かなかった。

『いつものツレはどこ行ったんだよ?赤い髪の女みてぇな顔した奴は今日は…』

相手にされないと分かったのか、執拗に向こうが花京院の事について突ついて来たからそれに無性に腹が立った。その汚い口で花京院の事を形容されるのも虫唾が走る。それで肘鉄を食らわすと下衆の癖に飛び掛かってくるから二三日は歩けないように叩いておいた。

「詰まらなさそうな喧嘩買うの珍しいね」

公園のベンチに座りながら花京院は自販機で買った缶のミルクティーを口にしてそう言った。何でそうなったのか理由までは説明していない。隣に座って暫く無言で居た。花京院とは何も喋らなくても一緒に居て楽しいと思える瞬間が多々ある。喋っている時は喋っている時で頗る可愛いが、じっと何かを考え込んで睫毛ひとつとして動かないでいる時の表情も可愛らしいと思える。可愛らしいなんて表現を男の花京院にするのは間違ってるのだろうがそう思えてしまうのだからしょうがない。

ふと、花京院が渡してくれた綺麗なピンク色のハンカチに自分の汚い血液が滲んでしまった事に気付き舌打ちをする。帰って洗おう。花京院が不思議そうにそんな俺の方を見た。そして、指で口の端の切れた部分にそっと触れてくる。

「…こういうのは治りにくい」

「たいして痛くない」

「ご飯食べる時とか気になるだろう」

「……気にしなきゃいい」

「そういう問題かい?」

呆れたように花京院は笑っていた。花京院が自分を見つめてくる時はどこか観察してるようにも見えたし、甘えたそうにしてるようにも見えた。その両方なのかもしれなかった。甘えられる瞬間を伺っているのだろう。こちらとしては全く伺う必要などないんだが。

缶を飲み終わってから、花京院はくしゃみをひとつした。春になってから花粉症でも発症してるのか鼻をぐずぐずと言わせている事が多かった。大丈夫か?と頭を軽く撫でると照れ臭そうに微笑まれる。本当は髪を撫でくりまわして抱き締めてやりたいけど外だからな。俺は他人の目なんか気にしちゃいないがこいつは気にするだろう。

「花粉が学ランにも髪にも引っ付いてる感じがする。シャワー浴びたらマシになるんだけどな」

「じゃ帰るぞ」

「…別に花粉症は感染しないよ」

「…そういう事を言ってるんじゃねぇんだよ。辛いだろうから家の中にいろ」

「もう少し承太郎と居たい」

思わず言葉が出なくなる。控えめに顔色を伺っているのかと思えば不意に飾り気のない真っ直ぐな言葉でこちらの胸中を突く、そんな事が時々花京院にはあって今もそうだ。鼻をかんで鼻先を赤くしながらも隣から離れようとしない。

「……マスク買ってねぇのか」

「全部使ってしまって新しいの買うの忘れてたんだよ」

「鼻炎薬とかあるだろう」

「あれ飲むと眠くなる。承太郎といるのに寝ちゃったら勿体無い」

その言葉を聞いて呆れを通り越して愛しくなってくる。

家に誘ってやろうかと一瞬考えたが家に居るホリィの存在を思い出して一気に面倒臭くなる。まず俺の顔の傷について喧しく騒いで、次に花京院の存在に気が付いて騒がしく歓迎の意を示してホットケーキとか焼き出すんだろう、その光景が目に浮かぶ、想像しただけで鬱陶しい。花京院の家はしっかりした家柄で固そうな雰囲気の両親だから少し気が折れる。大抵は二人でいる時間は外でいる事が多かった。

「外にいるの苦痛だろう」

「承太郎といるときは苦痛じゃないよ」

「……恥ずかしくないのか今の台詞」

「ふふ、全然?承太郎もうホテル行こうか」

「……は」

普段から品行方正で優等生な雰囲気を纏っている花京院から出たと思えないその言葉に、自然と間抜けな声が漏れる。それも「ゲーセンに行こうか」って言うのと同じテンションで言うからだ。はにかむように笑いながら財布の中身を確認して、二千円ずつぐらいで足りるかなと聞いてきやがる。一応財布の中身を確認したら丁度二千円は入っていた。

「シャワー浴びれるし承太郎とも一緒に居れるしね」

まるでそれが一番の名案とでも言うような言い方になんと返答するべきか言葉に詰まる。するとまた、耳を垂らした子犬のように伺うような視線がこちらに向けられる。時々思うが有無を言わせなくさせるその表情はわざとか?

「……その代わりてめェが明日ろくに歩けなくなるけどいいのか」

俺がそう聞くと花京院は一瞬だけ目を丸くした。それから口角を僅かに上げてベンチから立ち上がり悪戯した子供のような顔をした。

「そうして欲しくて言ってるんだよ分からない?」

……いつからそんな小悪魔みたいなキャラクターになったんだ?楽しそうな後ろ姿に多少呆れて溜息を着く。近くのホテルまで徒歩で10分程、自分を制する余裕すらないままに歩みを進めた。

まだ付き合ってから一度も肌を重ねた事はない。何度も犯してしまいたくなる劣情に駆られた事はある。花京院が怖がったり傷付いたりするのだけは避けなければならないとそれだけを気にして押さえ込んでいただけだ。一度その枷を破ってしまった時に抑えの効く自信が流石にない。だからホテルに行くのは本音を言うと不賛成だ。でもいつも遠慮しながら甘えてくる花京院の事を思うと、せっかくの誘いを無下にしたら傷付ける気がして何も言えない。これがもし全部計算尽くだったら天晴れだぜ。……そんな事は多分ないだろうけれどな。

ホテルに辿り着き部屋のボタンを押す時に、微かに震えてる花京院の指先を確認して手を繋ぎ指を絡ませた。何があってもこいつの事は守ってやらなければならない。途中で怖がるようならやめてやらなければならない。そう、自分に強く言い聞かせた。獣に近付く前に護る物を優先出来なければ人ですらない。大切な奴の目の前でそうはなりたくないからな。










2015.5/25









- 5 -

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -