花京院の下瞼の下に薄っすらと残る線の痕は、エジプトから帰還して治療が終わった今もまだ消えずに残っている。奇跡的に取り留めた一命、お腹の部分は殆どが人工臓器となってしまっているが今は健康な常人と同じように振舞っていた。ただ腹や頬に残る傷跡は中々消えない。それがなんとなしに気になった。

「顔の傷ぐらいどうにかならないのか」

花京院の頬を指差しながら言うと擽ったそうに笑われた。笑ってる場合か?喫茶店のテーブルに置かれた黒いサングラス、まだ強い光の刺激に当たるのは良くないから掛けているらしい。

「傷跡はそのうち薄くなるよ。それよりも網膜がまだ完全に回復してなくて、前より少し眩しく感じるんだ」

「そんな事よりその傷治らないのか」

「…眼の機能より傷の心配かい?」

「………そんなに眩しいのか?それは俺からは分からないだろう」

「承太郎の目に反射してる光も眩しいくらいには、色々眩しく感じるよ」

そう言いながら、花京院は何を思ったのか俺の睫毛や瞼に指で触れてくる。不思議そうな顔をして、じっと無言で覗き込んでくる。意味が分からずにじっとしてその様子を見守ってると、指先が目の中に入ってきそうになって思わずスタープラチナを使ってその動きを止める。きょとん、としてから我に返ったように花京院は頬を緩ませてはにかむように笑った。

「ごめん、そんなに吃驚するとは思わなかった。…硝子玉入ってるのかと疑って」

「そんな物を目に突っ込む奴いないだろう」

「どうだか。承太郎は思いもしない事しそうだから」

「なんで硝子玉なんか入ってると思ったんだ?」

「…きらきらしてて綺麗だから。眩しかったから?でも承太郎の目を見てるの好きだよ」

真っ直ぐな言葉を向けられて一瞬絶句した。好きだよ、その言葉がまるで違う意味を持って心臓を侵食していくように思えた。

「好きなら好きなだけ見ればいいが触るのはやめろ。痛い」

「舐めるのは?」

「桜桃舐めとけばいいだろ、そこのパフェに入ってる」

「分かってないね、承太郎は」

花京院は時々理解不能な事を言う。そうしてこっちが訳が分からないと言う顔をすると、まるで分かっていないこちらが無知なのかと思わせるような余裕を持った笑い方をしやがる。…気に入らない。伝えたい事があるなら分かるようにはっきり言わないと釈然としない。

苛立ちともうひとつ、名前の分からない感情に狩られて花京院の肩口を引っ張った。花京院が舌の上で転がしていた桜桃がテーブルへと水気を含んだ音を立てて落ちた。テーブル越しに顔を近づける。戸惑いながらぱち、と瞳を見開く、その瞬間を逃さずに花京院の眼球に舌を這わせた。


「……ッ!!」

「……こんな事されたら痛いだろ。それに気持ちが悪い、分かったら二度とそんな馬鹿な事は口にするな。……花京院?」

周りの席の奴らが多少ざわついてるのはどうでも良かったが、花京院がそこに転がった桜桃に引けを取らぬ程に頬を紅く染めて言葉を失っているのに驚かされる。口元を抑えて、視線を泳がせてまるで幼子のように焦った表情が見えた。常から冷静で感情的な部分を見せぬよう、温和に振舞っているこいつにしては珍しい。

「……帰る……!」

大好きな筈の桜桃を食べずにテーブルの上に転がしたまま、花京院は俺にパフェ代を一円単位まできっちりと手渡してから店を出て行ってしまった。可愛らしい煉瓦造りの喫茶店は俺一人ではまず入らない場所だ。花京院が食べたいパフェがあるけど一人じゃ入れない、そう思い詰めて言うから仕方なく入ってやったのに先に帰るか。こんな場所に一人で座ってる意味はないからさっさと会計を済まして、店の外に出て行ってしまった花京院を追い掛ける。

そもそもなんでわざわざ追い掛けるのかそのところは自分でも甚だ疑問でしかない。本人が帰りたいから帰ると言ったのだから深追いする理由等ない筈だ。

いつもいつも放っておけない。

「…待て。何で怒ってる?」

「さっきなんであんな事した?」

「…人の話聞いてなかったのか?」

「聞いてたよ、聞いてた。あんな場所で実演する必要あったかい?あれじゃまるで」

そこで花京院は困ったように言葉を詰まらせた。その続きを言ったら死ぬのか?そのぐらいに思い詰めた表情に変わる。

「はっきり言わないと分からない」

「……まるで人に見せてるみたいだろ。そういう関係でもないのに。そういうのは気分が悪い」

そう吐き捨てるように言ってから何故か、花京院は傷付いたような表情に変わってしまう。そんな表情はさせたくない。はっきり言えと言ったのにまだ含みのありそうな花京院の物言いに少し頭痛がした。含みというよりも、何か真髄にある物を必死に押し隠してるような言い方に感じる。気分が悪い、か。

「……近くで触られるのが嫌なのか?」

「違う」

「人前で触るからか?」

「…違う。もうこの話は」


「特別な関係なら人前でさっきみたいに近付いていい、そう聞こえる」


何秒かの沈黙が降りたが、やがて花京院は言い辛そうに口を開いた。

「……そんな事は言ってないだろう?」

「お前がどう言ってるかの話はしてない。俺にはそう聞こえた。それだけだ」

「100歩譲ってそうだったとしたら何なんだい?」

花京院の腕を引いてテーブルの上に置いて行ったサングラスを手渡す。置き忘れた事さえ忘れていたのか、花京院は失態に気付いて焦ったような顔をした。置き忘れた事に気付かないぐらいならそれ程日常に支障をきたす程のレベルの眩しさではないんだろう。それなのに眩しいと言って自分の目を見つめていた花京院の先程の表情を思い出す。

「あんな風に見つめられて何もすんなって言う方が悪い」

「……何の話だ?」

この感情を言葉で説明するのは非常に面倒臭く感じた。思わず舌打ちが漏れる。

「さっき何でだって聞いたな。可愛いと思ってなかったらしない。…それだけ言っておく」

「……、承太郎、それは」

だから。面倒臭ぇ。

花京院の腰を引き寄せて、不審な表情を浮かべてるその唇を奪った。瞳が大きく見開かれてその頬に涙が伝うのが見える。そんな顔をするからだ、人前で見せ付けてやりたくなるのは。




「好きじゃなければしない。分かったか花京院」













2015.5/24









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