判断材料は匂いと声だけ、そして時折触れる掌の感触。




交通事故に合い入院してから目が見えない。医者によると全治一ヶ月で包帯が取れ、リハビリを繰り返せば視力はほぼ元通りになるのだと言う。そう言われてもとても怖くて、もし二度と視界が開かなくなり何も見えない生活が続いたらどうしようとそう思った。通学途中に本を読みながら歩いていたら十字路のところで何者かがバイクで曲がったのとぶつかり、勢いよく吹っ飛んで近くのブティックのショーウィンドウに頭から突っ込んしまったのだ。どちらかと言うと前を見ていなかったのは僕なのに相手が悪かった事になって治療費も全額向こうが負担したらしく、なんだか申し訳がなかった。その人は承太郎というらしい。僕の容体を気にして毎日のように見舞いに来てくれていた。毎日のように来るからいくら人見知りの僕でも喋らざる負えない。

「……君も学生?」

「そうだ」

「ふふ、治療費どうしたの?」

「……あれは全部ジジィが」

ジジィとはお爺様の事だろうか。いい辛そうに口ごもる承太郎が面白かった。それから承太郎の通ってる学校の話や承太郎の家の話を聞いた。

「そんなに広い家に住んでるの?」

「おめぇの家に謝りに行った時もやたらと広い家だったが」

「そうかい?話聞いてると承太郎の家の方が広そうだけどね。しっかりした家なんだね」

しゃり、と林檎の皮を剥く音がした。いつも何か果物を持参して来てくれていた。皮の落ちる音と林檎を切る音がして、それからその香りが一気に強くなる。

唇に触れた林檎の果実のざり、とした感覚に歯を立てた。甘い。ぽたりと果汁が唇の端を伝った。それを自分の指で拭おうとした際に相手の指の腹が先に触れた。

「……くそ、可愛い」

「??…承太郎??」

承太郎は急に僕の手を掴んでひしと握り締めた。どんな表情をしてるのか全く想像がつかないから戸惑うばかりだ。

「おめぇの目が見えるようになったら言いたい事がある。聞いてくれるか」

「も、勿論だけど。見えるようになるかまだ分からないけどね…?」

「なる、ぜってぇなる。だからその時にもう一度会ってくれるか」

表情は見えないが至極真剣な声音だ。

ところで僕は承太郎の声がとても好きだと思う。低くて、よく通って、すごく落ち着いた声音。色気さえ時折感じさせる大人っぽい声質。とても好きで承太郎が話すのを聞くのが好きでいつの間にか承太郎が見舞いに来てくれるのをいつも楽しみにしていた。顔はどんな顔をしているのだろうといつも思い描いていた。不思議なことに格好のいい承太郎しか思い描く事が出来ないでいた。

きっと鼻筋は通ってて整った顔立ちで、意志が強そうな眉をして射るようにきれいな目をして、きっときっと素敵な顔をしているに違いない。そんな妄想をよくしていた。

一ヶ月の月日が過ぎて、ある朝別室へと歩かされ、そこで医師に包帯を解かれた。怖くて瞼を開ける事が出来ないでいた。医師が優しく「目を開けてごらんなさい」とそう言ったのを耳にして恐る恐る瞼を開けた。始めはぼんやりとしてピントが合わず、まるで水の中から外を覗いた様な感じに見えた。何度もしぱしぱと瞬くとしだいに辺りが鮮明に見え始め事故に合う前とほとんど変わらない視力で周りを見渡す事が出来た。心から安堵して息を着き、医師にお礼を言ってから診察を終えてその部屋を出た。まだ後何週間かリハビリの為に入院する必要があるらしい。久し振りに感じる外の光に喜びを感じずにはいられなかった。たった一ヶ月でも目が見えないのはとても不安で苦痛だったから。

個室の病室に戻ると男が独り立っていた。驚いたような表情を浮かべて僕を見つめ、手元にはバスケットに入ったフルーツを携えていた。僕はこの人の顔を生まれて初めて見る。でも、知っている。僕はこの人を知っている。

「……承太郎!!」

思いっきり承太郎の腰に抱き着いて相手の顔を見上げた。承太郎は照れ臭そうな表情をして僕の方を見降ろし、聞き慣れたあの低くよく通る声で僕の名を呼んだ。

想像通りの人だ。やっぱり格好いいじゃないか。

「見えんのか」

「見えるよ。君のお爺様が治療費払ってくれたおかげでね」

「チッ……、そうだ、言いたい事があるんだ」

承太郎の大きな掌が頬に触れた。次の瞬間、囁かれた言葉は目を閉じて聞いた。その大好きな声で好きだと言われるなんてまるで夢の様だと思わずにはいられなかった。







fin.
精神的な盲目じゃなくて本当に盲目(笑)









- 15 -

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -