ポストに白い無地の封筒が入っていた。その手紙を開けると中からは手紙ではなく黄色い薔薇の花弁が溢れて零れ落ちた。それは庭の芝生の方へとぱらぱらと風に吹かれて散らばってしまう。呆気に取られてその風景を眺めていた。差出人の名前は書いていない。誰かの悪戯だったんだろうか。何かのおまじないみたいだ、手紙を入れる封筒に花弁だけを入れて投函するなんて初めて見た。

学校へ行って、今朝のその出来事を友達の承太郎に話して聞かせた。承太郎のお母さんが作ったであろう美味しそうな卵焼きを食べる承太郎は、興味なさそうにうんうんと頷いた。

「何にも入ってないんだ。花弁しか入ってなかった、そんな事ある?」

「子供の悪戯かなんかだろう」

承太郎は無骨な言い方でそう言った。その心底興味が無さそうな言い方にむっとしてしまうのを隠せないでいると、ぽんと筋張った手が僕の髪に触れた。そのまま何度か宥められるようにぽんぽんとされる。僕なんかの頭をわざわざ撫でるような人は承太郎しか居ない。母親にだって久しく撫でられていなかった。当然だもう高校生なのだから。

昼休みが終わる前に図書室へ向かい、植物や生物のコーナーを覗き花の写真が掲載されてる図鑑を何冊か手に取り、花言葉が記載されてる欄に目を通した。黄色の薔薇は、『あなたに恋をしています』だった。ぱたん、と本を閉じて薄ら寒い気持ちになる。変なストーカーだったらどうしよう。

翌日学校へ行く前にポストを開けると、また白い無地の封筒が入っていた。ほんの少しブルーな気持ちになってしまう。封筒を開ける前に触って中の感触を確かめる。ふわふわとした感触がして、中に入ってるのは十中八九手紙等ではないだろう。日に透かしてみるとやはり花弁のようなシルエットが見えた。色は透かしてみても分からない。開けるべきか否か。でも開けなかったら可哀想に封筒に閉じ込められてしまった花弁達は二度と日の目を見る事はない。思い切って封を破ると優しく甘い薔薇の香りが鼻腔を包み込んだ。……白か。道理で朝日に透かして見ても色が分からない訳だ。ふわふわとまたそれは風に舞って飛んでいく。家の花壇に植えてある小さなパンジーの花をからかうようにふわりと、軽く舞って行った。

お昼になる前に腹が空いたのか、三時間目の休み時間におにぎりを食べている承太郎にその話をすると、昨日よりは幾らか興味を持って聞いてくれた。

「ストーカーかもしれねーな」

「僕にストーカーなんかする物好きはいないはずだけどね」

おにぎりを全て食べ終えた承太郎はペットボトルのお茶を飲み終えてから、机に頬杖をついて小さく溜息を着き心配そうに僕を見た。

「自覚してねぇんなら言っておくがお前の事を気に入ってる奴なんて山程いる」

「……承太郎は?」

半分冗談で、半分は本気で聞いてみたくて悪戯ごころにそう問い掛ける。承太郎は何も言わずに視線を逸らしてしまった。ああ、そういう事は絶対に言ってくれないのは知っている。

放課後に図書館に寄って、また昨日読んでいたのと同じ図鑑を取り出す。ふと、昨日は気付かなかったけれど、その本には何枚か付箋が張りっぱなしになっていた。付箋のところを開くと丁度僕が読みたいと思っていたページに偶然行きついた。手間が省けた。真っ白な薔薇の花の写真と、横に記載された花言葉を目にしてまた背筋がぞわっとなる。

『私はあなたにふさわしい』

手紙とは何かを確実に特定の人に伝える為にわざわざ封をして届けられるものだ。あの封筒には差出人どころか宛名もなく、消印もないから直接投函されている。薔薇の花に伝えたい意図があるとしたら怖過ぎる。本気でストーカーだったらどうしたらいいのだろう。

翌日、僕は起きて直ぐに着替える前にポストへと向かい中を開けた。明細書ダイレクトメール町内会のお知らせは全部無視して、真っ白な封筒を探した。やはりそれはあった。もう日に透かしたり感触を確かめたり、そんな面倒な事はやめてびりびりと封を引き千切る。今朝の六時だ、どれだけ早くに此処に来てこの手紙を投函しに来ているのだろう?

中からは出て来たのは漆黒の花弁だった。とても強く、酔いそうなくらい濃厚な薔薇の香りがした。花弁はボルドーと漆黒の混じり合ったベルベッドのように見えた。美しいけれど途轍もない威圧感をその花弁から感じた。送り主は誰だか分からないけれど、まるでお前は俺の物だと言わんばかりの主張をひしひしと感じてならない。

昼休みに屋上で壁にもたれて座り缶のブラックコーヒーを飲んでいる承太郎の広い背中にもたれた。すると承太郎は驚いたように振り返り僕を見降ろし、一昨日よりも昨日よりもずっとずっと心配そうな表情をした。そして顔に手を触れて、目の下の辺りを触った。

「隈出来てんじゃねぇか。寝不足か?」

「朝早起きしたから…」

「今ここで寝とけ」

そう言うと承太郎は僕の頭を引き寄せて肩にもたれかけさせた。今たまたま周りに誰もいないからいいけど、これ周りの人が見たら誤解するよ。恋人同士みたいだよ?でもぽかぽかしてるし承太郎にもたれていると安心するしで本当にうたた寝してしまった。あの意味不明な手紙の事さえなければもっと気分がいいだろうにね。

放課後また図書室へと向かい、今度は黒い薔薇の花の花言葉を調べた。そのページはまた偶然にも付箋が貼ってあった。前にこの本を借りた人も同じストーカーに合ったのだろうか、なんて詰まらない妄想をしてしまった。黒薔薇の写真の横の花言葉の記載はこうだった。

『決して滅びる事のない愛、永遠の愛』

……なんとなく予想はしていたけど、こんな感じの強烈な言葉が付けられているんだろうなと覚悟はしていた。どういう意図を込めて白い封筒に高級そうな黒薔薇の花弁を詰め込んだのか考えると、きりきりと胃が痛くなりそうだった。次は何が来るんだろうとぱらぱらとページを捲り、付箋を貼ってあるページに目を通した。最初に調べた黄色い薔薇のページにも付箋が貼ってあった。ふと思う。本当にこの付箋一体何の意味があって貼ったんだろう?こんなに僕が調べたいページと一致する偶然ってあるだろうか。まだ見ていないページは紅い薔薇のページだったけど流石にこれは調べなくても大体意味は分かる。108本でプロポーズの意味になるらしいけど人間の抱える煩悩の数と一緒なところが何とも言えない。

……この本僕の前に借りた人は誰だったんだろう。何で、もっと早く貸し出しカードをチェックしようと思わなかったんだろう。犯人かどうかは分からないけど、こんなにも無造作に張り残した付箋が残っているのに。裏表紙のポケットに入っているカードの名前を見て、思わず口が開いた。五時のチャイムが鳴って、図書委員の子がもう閉めますよ、と声をかけるまで暫く動けなくなってしまった。ある意味ショックで。図書カードに名前が書いてあるからと言ってそうとは決まらないけれど、そうじゃなかったら彼がこんな本借りるだろうか。

翌朝は早朝五時に目覚ましをかけた。とても眠たかったけれど無理やり目をこじ開けて起き上がり、休みの日だから私服に着替えて髪型もそれなりに整えた。そして階下に降り、牛乳を飲んでコーンフレークを食べて軽く胃の中を満たした。

。玄関先に出てポストの前で体育座りをして、読みかけの小説を読みながら待った。最初に確認したけどまだポストは空で何も投函されていない。

危うく途中でうたた寝しようとしたところで、聞き覚えのある足音で目が覚める。足音だけで分かるくらいにはずっと一緒にいるからバレバレだよ。小説を閉じて地面に置いて立ち上がる。はっとした表情と目が合った。塀の外からは座り込んでる僕の姿は見えなかったんだろう?手に持っている白い無地の封筒を見て確信する。やっぱり承太郎だったんだ。図書カードに、一番最近あの花の本を借りた人の名前の欄には空条承太郎と書かれていた。

「手紙、ちょうだい」

手を差し出すと承太郎はとても罰が悪そうにその手紙を僕に手渡した。丁寧に開封して中を確かめると、およそ一輪分だろうか、紅い薔薇の花弁が敷き詰められていた。深く雰囲気を酔わせるような濃密な香りがする。今晩湯船にでも浮かべてみようか。

「これは悪戯だったのかい?」

こつ、と承太郎の額を指の甲で突つくと、両頬を包むように触れられた。真筆に見つめられて、なんて綺麗な碧色の瞳をしているのだろうと、心底見惚れてしまった。

「最後に言おうと思ってた。手紙に入っていたのは全部俺が思ってる事だ」

"あなたに恋をしています"

"私はあなたにふさわしい"

"決して滅びる事のない愛、永遠の愛"


"あなたを愛しています"か。


こんなに回りくどい気持ちの悪いストーカーみたいな事をされても、僕は承太郎が好きだと思えた。とても好きだと、でもそう言うのは野暮ったく感じてしまう。代わりに背伸びを少しして承太郎の唇にキスをした。これで分かってくれるだろう?毎日薔薇の手紙を届けてくれたひと。












2015.5/29









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