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秋霖学園、某日、晴天

「神賀先生に、トラくんを見つけてくる任務を受けた僕は〜、きっとトラくんが屋上でおサボりしてるんじゃないかなー!と思ってこうして屋上に向かっているのであります!と、やけに説明的ですねわざとらしいです、と突っ込んでくれる円もいない!うーん、僕だけでトラくん、見つけられるかなあ」

階段を一段、また一段と上がるたびに、手すりにてのひらをぽんぽんと叩きながら階段のその先を見つめる。屋上に近付くにつれて光が溢れて明るくなってくる光景にわくわくと心が躍る。
金属のドアノブに手をかけ、重い扉を押し開くと、あまりの眩しさに目を細め、無意識に手で覆い隠した。
だんだんと目が慣れてくると、目の前には抜けるような青い空と綿菓子のようなふわふわの真っ白い雲。
冬の足音のする季節、少しだけ首元をさらう風が冷たい。
広い屋上にたった一人、大きく背伸びをして息を吸い込むと、肺いっぱいに冷たい空気が充満してきりりと身が引き締まる。

「あ」

一人じゃ、なかった。
屋上の隅っこ、陽のあたる場所でトラくんが横になっていた。そよそよと風がトラくんの髪を揺らす。
何してるんだろうな、とじりじりと近付くと、気持ちよさそうに眠っていた。トラくんの近くには数冊の本が投げ出されていて、思わずタイトルを覗く。

(むむっ、僕もこのシリーズ、好きなんだよね)

ドラゴンと少年が一緒に旅をする、いわゆるファンタジー。トラくんがこういうのを読むって、なんか意外かも。
ざらついた感触のハードカバーに指を滑らせる。

そういえばトラくんって、なんで「コレ」してるんだろう。
眠っているトラくんを覗き込むように、トラくんの片方の目を覆い隠している眼帯を凝視する。

「うーん、なんだろう…やっぱり怪我かなあ?それともあれかな?『ちゅうにびょう』ってやつ!あっ、でもトラくんは僕とおんなじ小学六年生だし、それはないか!」

誰に言う訳でもなく喋り続けてハッとして両手で口を覆う。トラくん、寝てるんだった。
でもでも、神賀先生にトラくんを呼んでくるよう頼まれてるし、起こさないと、だよね。
だけど、眼帯のその下が、気になって仕方ない。神様仏様、今だけは僕の味方をして下さい。

そう唱えながら、もう一度、トラくんの顔を覗いて、そっと手を伸ばしてみる。

(起きませんように)

眼帯に触れる指先が震えている。
見てはいけないものなのだろう。でも、好奇心が勝ってしまう。怒られるかもしれない。ばれたら口を聞いてくれなくなるかもしれない。
でもトラくんは優しいから、きっとそれはないだろうけど。
恐る恐る外すと、ゴムのようによく伸びる紐に夢中になる。
びよんびよん、と引っ張って遊んでいると、手を離した拍子に勢いよくそれがトラくんの顔面にバチンと音を立てて当たる。

まずい。

そう思ったときにはもう遅かった。

「い…ってえ!」

思いっきり当たった眼帯をトラくんが力いっぱい外すと、今まで隠されていたガラス玉のような青色が僕を睨みつけた。
今まで見たこともない、不思議な色を宿したその目に捉えられ、動けなくなる。

「トラくん、なにこれ」

トラくんの頬を両手で押さえつけて、目を覗き込む。
口をついて出た言葉にトラくんが小さく舌打ちをする。まるで、僕が何を言うか分かってるような顔で眉を顰めるけれど、気にせず続ける。

「すごい!すごい綺麗だね!」
「はぁ?」

ピリピリと殺気立っていた気配が一瞬にして消える。まるで毒気でも抜かれたような、そんな表情。

「…気色悪くねえの?」
「え?なんで?ねえねえ、トラくんの瞳を通した世界は、セロハンを通したみたいに、キラキラして見えるの?それって、僕たちよりも得してるよね!」
「ほんとお前…読めねえやつだな…」
「ん?なんか言ったー?トラくん」
「なんも言ってねえよ」


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「おい、おい、っつってんだろ」
「んっ…あ、ごめん、寝てた」
「んなの見りゃわかる」
「懐かしい夢、見たなあ、僕たちが、小学生の時の夢」
「へー」
「すっごい生返事」
「興味ねえからな」
「もうちょーっと興味を持ってくれてもいいと思うんだけどなあ…」

ソファに腰掛けるトラくんの膝でどうやらうたた寝していたようだ。なんて幸せな午後なんだろう。トラくんは興味があるでもなく雑誌を捲りつつ、んー、と言いながら僕の前髪を撫でる。

「そういやお前さ、」
「うん?」
「図書館で、オレなんも言ってねえのにオレが読もうとした本わかった時あったよな」
「そんなこともあったね」
「正直引いた」
「そんな今更」
「つーか、なんで分かったんだよ、あれ」

雑誌をめくるとかさりと本同士が掠れる音がする。

「んー」

もしかしたら、あの「瞳」のことは、当時トラくんの地雷だったのかもしれない。
命知らずな自分を顧みて、夢の事を思い出しては笑みが漏れる。
なんて思ってくすくすと笑っていると、すぐ横から視線を感じてそちらを向く。

「思い出し笑いとか、気色わりぃな…」
「ねえ、さっきからひどくない?」

お月様のような金色と澄んだ青色の瞳がじっと訝しげに僕の目を覗く。
ああ、本当に、綺麗。
当時の記憶と、今も変わらない綺麗なトラくんの瞳が重なって、瞼が熱くなる。
なんか、泣いてしまいそうだ。
トラくんの頬から顎のラインを滑るようにするりと撫でると、くすぐったそうに身を捩り、少しだけたじろいで、そっと僕の手に擦り寄った。
頬を両手で包み込み、キスをする。ぱちぱちと瞬きをしているのか、トラくんの睫毛が何度も僕の頬をかすめる。
目を開けてみると案の定至近距離で目が合った。一瞬だけ笑ってみせて、腕を掴んで寄りかかっていたソファに押しつけてまた唇を重ねる。

「…誤魔化されねえぞ」

下から不機嫌そうな声が聞こえ、そう言って拗ねた表情をしてトラくんは僕から目を逸らす。それがなんだかおかしくて、かわいくて、思わず笑ってしまう。

この綺麗な瞳に映る人物が、僕だったらな、と。
幼心に思ってしまったのが始まりだった。
きっかけなんて、些細なものだったのかもしれない。
トラくんと過ごすことで、日に日に、好きなんだな、という気持ちが溢れて、僕の胸の中にほんのりと明かりが灯る。
不器用な優しさが隠された言葉や態度も、暖かい手の温度も、小学生の僕は知らなかった。
羨ましいでしょ、なんて、昔の自分に勝ち誇ってみる。
トラくんが今、僕の隣にいてくれる。
もしかしたら奇跡なのかもしれない。だけど、これが必然だったのなら、僕は、嬉しい。

自分の口元が優しく上がっていくのがわかる。
何年経っても色褪せない、きらきらとした大切な記憶。
ねえトラくん。まだまだトラくんに話していないことがたくさんあるよ。
そしてこれからもきっと、たくさん増えていくんだろう。
優しく積み重ねてきた思い出話を、長い時間かけて、ゆっくりと解いていこう。

「あのね、トラくん」

うまく言葉に出来るかな。トラくんは呆れるかな。それでもきっと、笑ってくれるんだろう。
君がまだ知らない僕の記憶。さあ、どこから話そうか。







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