そっと、トラくんの髪に触れ、手を伸ばし引き寄せると、いとも簡単にトラくんの身体は僕の肩に倒れ込んだ。肩口に触れる吐息が熱くて、それが愛しくて、触れる指先に力がこもる。

「…なんなんだよ、おまえ…」

耳元で聞こえる声はいつものトラくんからは想像出来ない程弱々しくて、今にも消え入りそうだった。それはわからないけれど、でも、いまこの腕の中にある温度だけは確かなものだから。

触れていたトラくんのふわふわの髪の毛に鼻を埋め、抱き寄せた肩にぎゅうと力を込めた。

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「んだよ、離せ」
「トラくん」

ほら、まただ。
なんで、お前は笑うんだよ。どうしてそんな顔をするのか、意味が分からない。
深呼吸をしたあとに、真っ直ぐに見据え、瞳を細める。あの日オレを好きだと言ったその口で、その瞳で、なんら変わらぬ表情で、ただこちらだけを見ている。

「そんな嘘、ばればれだよ」

よかった、と頬を薄赤く染め、すっかり冷え切ったオレの手を握る。

「はぁ?お前、オレの話聞いてたか?」
「うん、聞いてた」

「ほんっと…意味わかんねえ、おまえ…」
「うん、よく言われる」

ふわりと、英の熱い両手が頬を包み込み、頭突きをされたかと思うとうりうりと額を擦りつけてくる。

「…気持ち悪ぃんだよ。お前といると、オレとお前は違うって思い知らされる。んな資格はないって、勝手に苛立って、不安にだってなる。こんなん、一度や二度の話じゃねえし、多分、これから先も同じ事を繰り返す」

自分の胸中をぐるぐると支配する感情を吐き出す事で何かが変わるとは思っていない。
英はただ黙って、手を握ったまま、微笑むからそのまま言葉を続ける。

「いい加減、愛想尽かさねえの?めんどくせえって、なんで思わねえの。なんで笑えるんだよ、オレのなにがいいんだよ。オレじゃなくたって、お前はいいじゃねえか」
「え〜トラくんっておバカだしなあ」

甘い事を言って欲しいとは思っていなかったにしても、この返答は予想だにしていなかった。
自分でも何言ってんだ、と自分自身の発言に狼狽していたのに、こいつときたらオレをバカ呼ばわりだ。

「今までトラくんがどんなこと考えて過ごしてきたとか、家がどうのとか、僕なんにもわかんないよ。トラくんが誰を傷つけたとか、誰に傷つけられたとかも知らない。でもトラくんは、目を離すとすぐに自分を傷つけるから、だから、僕が守るって決めたんだ」

握られた手が英の口元へと運ばれ、手のひらに唇が寄せられる。そのまま、オレの手を包み込むように重ね、頬へとすり寄せる。

「トラくんの傍にいるのは、他の誰かじゃなくて、僕がいい」

「ねえ、そろそろ観念してよ」

「僕が、トラくんを好きって、そろそろ自覚もてたでしょう」

「トラくんが、僕を好きって、気付いたでしょう」


校庭から英の教室を見上げて姿を探したのも、授業に戻ろうとする英の制服を掴んで引き止めようとしたのも、寒さを偽って差し出した手も、足音が聞き分けられるのも、全部、そういう事かよ。
もう、頭ん中、こいつでいっぱいじゃねえか。

瞼に唇を寄せられ、自然と目を瞑った。
ふふ、と笑い声が聞こえたからふと顔を上げて英を見ると、顔を真っ赤にして泣いていて、どうしようもないくらいに胸が痛くなる。

「お前が、」

声が震えて、うまく言葉にならない。ああ、クソ、動けよ。

「お前が、嫌になったって、もう離してやらねえからな」
「うん…う、ん…」

ほら、やっぱり。オレにはお前の笑顔は眩しすぎて、直視出来ない。
きつく目を閉じると、唇に柔らかい感触があり、ぴくりと肩を揺らした。
これが初めてのキスってわけじゃない。ほんの少し、唇が触れただけ。
それだけなのに、今までのものと比べられない程緊張して、握る手のひらにじんわりと汗が浮かぶ。
英の息が頬に触れ、呼吸が出来なくなる。英の瞳に映る、目、鼻、口、肌も、頭のてっぺんから爪先まで、全身が心臓になったみたいだ。

英の赤い瞳を覗き込むと、澄んだその瞳に情けない表情をした自分が映っていて、それがおかしくて笑う。


与えられるのが嫌だった。
そんな事をされる意味がわからなかったし、見返りを求められるのが気に食わなかった。
受け取ってもいいんだ。こいつがオレにくれるように、オレもこいつに与えていきたい。そうして、一緒にいたい。
力いっぱい抱きしめられて感じる、制服越しの体温とか、穏やかな心臓の音を、他の誰かに渡したくない。

いつもこいつはこんな表情でオレの事を見ていたのだろうか。
瞳が、眉が、頬が、唇が、指先が。全てを通して、伝わってくるのだ。
オレが好きなんだ、と。

唇を重ねる。こうすることが、自然なように。


英の息がふわりと頬を掠め、小さく身じろぐと英と目が合った。
もうずっと、こんな風に見つめられていたんだ。そう思うと目頭が熱くなり悲しくもないのに涙が出そうになる。
軽い口付けを数回繰り返し、ちゅ、と小さな音が耳に届くたびにそれだけじゃ足りなくなる。
足りなくて、足りなくて、何度もねだるように身を乗り出し唇を重ねた。
この感情を言葉に出来ない。そのまま丸ごと伝わってしまえばいいのに。
英の背中に回していた指先に力を込めると、前髪を梳かれ、柔らかな額を撫でられ、英の口がそこに寄せられた。
互いしか見えないくらいに近くで、どちらからともなく瞳を閉じると睫毛がふるりと震える。

「トラくんが、好きだよ」

英が、涙を滲ませて目を細め幸せそうに笑うから、胸の中が、得体の知れない感情でいっぱいになり、苦しくなる。
もう、これ以上何もいらなかった。もう、十分だった。
なあ、オレもお前のこと。
自分の頼りない言葉を飲み込んで、また唇を押し付けた。
ふと唇が離れ目が合うと、英が「しょっぱいや」と笑うから「そうだな」とつられてオレも笑った。

こうなることを、きっと、オレはずっと望んでいた。










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