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「央」 「ぅわっ、びっくりしたー!脅かさないでよ〜鷹斗くん」 「ごめんごめん。ところで誰か探してるの?西園寺君?」 「へ?」 「あれ、違った?」 「いや、うん、そうなんだけど…」
そう言うと鷹斗君の目が嬉しそうに細められた。
「あのさ、もしかして、なんだけど二人って付き合ってるの?」
悪びれもせず、むしろニコニコと無邪気に笑って鷹斗くんは目を輝かせた。
「二人って、…その、えっと、僕とトラくん…のことだよね…?」 「うん。あ…ごめん、不躾だったね」 「いや、大丈夫!事実だから!」
そう!事実なのだから!
「僕は、トラくんが好きだよ」 「…そうなんだ。えっと、付き合ってる…んだよね…?」 「うーん…、一応、は」 「一応なんだ」 「トラくんは、面白半分、ってとこじゃないかなあ」
(自分で言っててちょっと傷つくけど)
「俺はそうは思わないけどなあ」 「…え?」 「だって西園寺君、今までよりもずっと楽しそうだよ。央のクラスの近くを通るとそわそわしたり、体育の時もずっと央の教室見上げてたり、 教室の中にいる時も、廊下から央の声が聞こえたりするとずっと耳傾けてたり」 「よ、よく見てるんだね、鷹斗くん」 「俺なりに心配してたんだ、西園寺君の事。でも、そっかあ」 「変だとか思わないの?」 「思わないよ。うーん、なんだろう、腑に落ちた、っていう感じかなあ」
あんまり難しい言葉は使わないで欲しい。唸りながら首を傾げていると鷹斗くんは「あのね」と嬉しそうに口を開いた。 そう言ってへらりと笑うと鷹斗くんが内緒話でもするように僕の耳に口を寄せる。
「ねえ、央。央は、西園寺君への気持ちが一方的なものだと思ってるみたいだけど、俺は、そうは思わないんだ。半分は、俺の願いかもしれないけど、もう半分は、自信あるよ。そういうところ、ちゃんと見えてる?」
教室にいるトラくんの方を見ながら鷹斗くんが嬉しそうに笑う。 僕と鷹斗くんの視線に気付いたのか、こちらを見てトラくんはバツが悪そうな顔をした。 機嫌を損ねると分かっているくせに、そんなトラくんに鷹斗くんはひらひらと手を振った。仲良いな…。
「うん…ありがとう、鷹斗くん」
知ってるよ。 ぶっきらぼうな言葉に優しさが見え隠れしてる事も、 触れた手のひらの熱さも、 トラくんは無意識なんだろうけど、それって全部…。
「落ち着ける場所を見つけたんだなって、安心した」
ぎりぎり聞き取れるくらいの小さな声で、鷹斗くんがぽつりと呟く。聞き返そうとして口を開こうとすると不機嫌そうに近付いてきたトラくんの言葉に遮られる。
「なにこっちジロジロ見てんだよ」 「ごめんね西園寺くん。さっきの授業で、西園寺くんが居眠りして寝言いってたってばらしちゃった」 「寝てねえし寝言も言ってねぇ」 「ふふ、そうだっけ?じゃあ俺職員室行ってくるね」 「あ、いってらっしゃーい」 「ほんっと、何考えてんのかわかんねえ奴だな、海棠は」 「トラくんと鷹斗くん、いいコンビだと思うよ」 「冗談じゃねえ。あいつといたら成績上がっちまいそうだ」 「それっていいことじゃ」
くすくすと笑っていると、ドアに寄りかかり腕を組んだトラくんの顎が小さく「おい」と動く。
「で」 「うん?」 「なんか用があったんじゃねえの」 「いや別に」 「はぁ?」 「ただ、顔見に来ただけ」 「ふん…。で、コソコソとあいつと何話してたんだよ」 「えー内緒」
へへ、と笑い自分の口元に指を添える。 すると、トラくんが僕の指に触れたかと思うと、トラくんの唇が軽く指先に重なった。
「と、トラくん!?」 「なんだようるせえなあ」 「何って!ききききき、キス、っなん、」 「したくなったからしただけ」 「し、したくなったってそんな」 「んだよ、嫌なのかよ」 「嫌なわけ…!恥ずかしいというか、」
そう言い、さっきからずっと恥ずかしくて見れなかったトラくんの顔をちらりと見ると、 「そっか」と安堵したように小さく笑った。 すぐにいつもの顔に戻ってしまったけど、 そういう些細な表情に胸がいっぱいになる。好きだって思ってるのはきっと僕だけじゃないって思える。 トラくんには敵わないなあって、思うんだ。
じゃーな、と背を向けてひらひらと片手を上げ教室までの道を戻っていく。 僕はというと全身からぶわっと汗が噴き出したのでは、と思うほどに身体が熱く、恥ずかしくて顔を両手で覆って膝を抱えるようにしゃがみこんだ。
火照った頬を抑えながらトラくんを見つめ続ける。 こっち振り向かないかな、なんて。
教室のドアの前でトラくんが振り返って目が合うと、僕がまだいるなんて思っていなかったのか、動揺したように顔を赤くして、 「早く行けよこのバカ」と口パクで言って足早に教室へと入っていった。 幸せすぎて、今にもどうにかなっちゃいそうだ。
そういう些細な表情に胸がいっぱいになる。好きだって思ってるのはきっと僕だけじゃないって思える。
トラくんが、
「好きだなあ…」
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