4、新しい世界でも、きっと出会える




暗い、暗い空を見上げる。どんな場所にでも平等に存在しそうな星の光さえも、どうやらこの世界にはもう届かないらしい。

目の前で起こっている現象に驚くこともせず、何をするでもなく、ただただ、世界を見上げていた。
じゃり、と乾いた土を踏みしめる音に振り向くと、僕のたった一人の弟がそこにいるではないか。

「…そんなところにいないで、こっちに来たら?」
「………」

言い淀む円の顔色を見て肩を竦める。砂にまみれた瓦礫の上を軽く数回叩き、隣に座るよう促すと、円は少しだけ躊躇いの表情を見せ、すぐに溜め息を吐いて、僕の方へと足を向け腰を落ち着ける。

「ふふ、久し振りだね、円」
「…そうですね」

神々の黄昏が起きて円と離れ離れになってしまってから、実に四年の月日が過ぎてしまっていた。

「やっぱり、円は男前になってた。髭がすごい生えてたらどうしようって思ってたんだ」
「なんですか、それ」

にっこりと笑うと円は居心地が悪そうに腕を摩る。

「撫子ちゃんと、加納理一郎君、うまくいったかな」
「うまくいったから、今こんなことになってるんでしょうね」

円の声音はひどく落ち着いている。円が「こんなこと」と形容したのは、僕たちの目の前の世界が今まさに壊れようとしていることを指していた。

「世界が、作り変えられようとしてるんだ」

有心会の頭脳担当と言われていた人が、言っていた。詳しくは教えてくれなかったけれど、重要な分岐点に関与すると世界自体が丸ごと作り変えられるらしい。

つまり、今まさに世界は、撫子ちゃんたちが幸せになる世界に姿を変えようとしている。

「きっと、この世界が最初からおかしかったんだ。…元に戻るだけなんだよ」
「そう、なんですね、きっと」
「円〜どうしたの〜、せっかくの再会なのに、よそよそしいなあ!」
「…ほんと、央は変わらないですね」
「そうかなあ?あ〜あ。円ってば、ピアスなんて開けちゃって」
「………」
「ねえ、痛かった?」
「いえ…二度と、塞がらないものが、欲しかったんです」

円の耳に光るピアスを見つめる。まるで、円の心にぽっかりと空いてしまった穴みたいだ。もう、塞ぐことは出来ない。その言葉がやけに重くのしかかり、心臓が痛くなる。

「それと」
「ん?」
「央を思い出す色だったので、身につけていたくて」
「…そっか」

僕は、うまく笑えただろうか。しばらく会わないうちにすっかり大人になってしまった円は、いつまで経っても僕のかわいい弟のままだった。
こんなに優しい子を、どうか、神様、苦しめないで欲しい。

「ねえ円」
「…はい」
「この世界って結局、なんだったんだろうね」
「…キングのための、キングによって作られた世界ですよ」
「本当にそうなのかな」

足元に転がっている石をつま先で突き、円がそれを視線で追った。

「だってキングは、この世界の主人公じゃ、なかった」

キングのための世界だったら、きっと今目の前で起きていることはキングの願いなんかじゃない。

「現にこの世界は今、撫子ちゃんと、加納君のために、本来あるべき姿に作り変えられようとしている」

キングがこの物語の主役じゃなかったと同時に、僕たち兄弟もまた、それではなかった。この世界のネジの一つに過ぎなかった。
どれほどもがき、苦しみ、胸を痛めても、僕たちは世界から排除されてしまうのだ。

「円」

隣にいる円を下から覗き込むように笑いかけ、そっと手を取る。
僕が知ってる円の手はこんなに大きくはなくて、そして、こんな風にごつごつしていなかった。
僕が知らないうちに、円は、大人になったんだな。嬉しく思うと同時に、空白の時間を突きつけられて複雑な気分になる。

「円の願いを言ってみて。今なら、なんでも叶えてあげる」
「そんな無責任なこと言っていいんですか」
「うん、いいよ。僕はお前に、何もしてあげられなかった」
「…ぼくは」
「うん」
「あなたと、家族と一緒にいられればそれで、それでよかったんです」

幼い円の、たった一つの小さな願いすら、僕は叶えてあげられなかったのだ。

「…うん」
「央の料理が、食べたいです」
「…はは、欲がない子だなあ」
「なに言ってるんですか、央の料理が食べられるなんて、世界一の、幸せ者ですよ」
「じゃあ、うん。約束」

小指をそっと立てると円は驚いたように目を見開き、けれどすぐに笑ってみせた。

壊れた世界が、壊れていく。
空間は歪み、目の前に荒廃していた土地は徐々に削がれていきすべてが無に帰ろうとしている。
握っていた円の手を包み込むように握ると、弱々しく円が手を握り返してくれる。
僕のものよりもわずかに大きな手のひらは、わずかに震えていた。
大丈夫、きっと大丈夫。そう伝えたくて、微笑む。

きっと、ここで起きた事、ここで生きてきた人の記憶が今からリセットされるのだろう。
僕たちがこれから先、どうなるのかは、分からない。

「…お兄ちゃんらしい事出来なくて、ごめん」
「央、」
「さて、この世界にさよならだ」


(僕が救えなかったこの世界の円に、さようなら)


「また、新しい世界で、会おう。もう、円の手を離さないから」

そうして、映画のフィルムがそこで終わったかのようにプツリと意識が途切れる。

これは、きっと僕が失ってはいけない、大事な記憶。
「僕自身」の、記憶。そんな言葉が、ぼんやりと脳裏を過った。








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