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2、祝福の愛の唄
ランプの灯りを消すと、ケーキの上でゆらゆらと揺れる蝋燭の火が優しく浮かび上がる。 秘蔵の食料は今日のために大切にしてきたもの。有り合わせで作ったケーキだけれど、世界でたった一つの、大事な弟への特別なバースデーケーキ。
「ハッピーバースディトゥユー、ハッピーバースディトゥユー」
オレンジ色のいくつもの小さな灯りを見つめながら、僕は小さく口ずさむ。
「ハッピーバースディ、ディア、円」
まどか。その名前が、この静かで暗い部屋でやけに大きく響いた気がした。 ぼんやりと優しく揺れ光る蝋燭を見つめると、それだけで吸い込まれそうだ。
「ハッピーバースディ、トゥユー」
歌い終わったところで唇を突き出しふぅと息を吹くと、暖かな光は一瞬で消え、部屋全体が静寂に包まれる。 優しくて暖かな灯りも、おいしそうなケーキも、すっかり存在感をなくしまるで全部最初からなかったみたいだ。
一息ついてから、誰もいない空間に向けて微笑んでみせた。
「誕生日おめでとう、円」
そのままケーキに手を付けるでもなく、体重をかけるとぎしりとしなる椅子にもたれ掛かる。
「今日で円も、21歳かあ」
早いなあ、と呟く声は闇の中でぼんやりと溶けていく。
「円は、今頃、どんな風に成長してるのかなあ」
円がいない、円の誕生日のお祝いをするのは、これで三度目だ。 家族と離れ離れになってしまってから、みんなのことを考えない日は一度だってなかった。 自分の明日の生活のことよりも、何よりも、いつも気がかりなのは一つ年下の弟のことばかり。
ちゃんとごはん食べてるかな、風邪とか、引いてないかな。そんなことを考えて、これじゃまるで母さんみたいだ、と笑う。 自分が大人になってしまったように、円だってもう子どもじゃないのに。それでも、どれくらい時が過ぎようとも、円のことが心配だった。
「綺麗な顔してるし、もしかしたらすっごいイケメンになってるかも。それとも、髭とか生えちゃってワイルドになってたりするのかな、うーん想像つかないなあ」
円の姿を思い浮かべてみたらふふ、と自然と笑みが漏れる。 ひとしきり笑ったあと、突然室内の広さに気付いてしまって息を吐いた。今まで、気付かない振りをしていたのに。ずっと隣に円がいることが当たり前だったのに。それが、当たり前のことではなくなってきている。
「…会いたいなあ」
ぽつりと呟くと、張り詰めていた糸が切れたように涙が一筋、頬を濡らした。
「会いたいよ、円」
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